第8回 理科教育賞贈呈式 レポート
公益財団法人日産財団は、2020(令和2)年9月17日、第8回理科教育賞贈呈式をオンラインで開催しました。成果発表と質疑応答を受けての選考の結果、理科教育賞大賞を栃木県下野市立祇園小学校に、理科教育賞を神奈川県横浜市立南本宿小学校、福岡県北九州市立曽根東小学校、福島県いわき市立小名浜第三小学校に贈りました。また、理科教育賞ポスターセッション賞を福島県いわき市立小名浜東小学校に贈りました。
合わせて第3回リカジョ賞の成果発表会もおこないました。その選考の結果、グランプリを函館工業高等専門学校・理系女子実験隊に、準グランプリを国立大学法人筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターと、同志社大学に贈りました。また今回より奨励賞を12団体に贈っています。
初のオンライン開催
「理科教育賞」は、日産財団「理科教育助成」の対象者のうち、とくに高い成果を認められた学校・団体を表彰するもの。4組を大賞候補に選出したうえで、贈呈式当日の成果発表プレゼンテーションと質疑応答を経て、選考委員が理科教育賞大賞と理科教育賞を決定します。
今回は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、初のオンラインでの開催となりました。「理科教育助成」対象校の先生たちや教育委員会、他財団のみなさんなど、多くの方に参加していただきました。
オープニングでは、日産財団理事長の久村春芳が開会のあいさつをしました。久村は、日産財団の助成などを通じて、エンジニアリング教育をはじめとするSTEM教育や、価値創造につながる人材教育をしてほしいと、参加者によびかけました。
日産財団の久村理事長によるあいさつ。
つぎに、賞の選考委員6人を紹介しました。
左上から時計まわりに、選考委員長・長谷部伸治氏(京都大学特定教授)。選考委員・加藤圭司氏(横浜国立大学教授)。同・小野瀬倫也氏(国士舘大学教授)。同・千葉養伍氏(福島大学教授)。同・人見久城氏(宇都宮大学教授)。同・森藤義孝氏(福岡教育大学教授)。
「リカジョ賞」グランプリ対象者が取り組みの成果を発表
つづいて、理科教育賞に先立ち、「リカジョ賞」の成果発表会です。この賞は、女子小中高生に理系分野への興味・関心をもってもらい、また能力育成につながるような活動を表彰するものです。今年度で第3回となります。
まず、賞を後援する内閣府を代表し、男女共同参画局長の林伴子氏からのビデオメッセージを上映しました。林氏からは、日本の女性がもつ理数の潜在的能力を開花させることは、日本全体の科学技術の発展に非常に重要なこととであり、リカジョ賞は次世代のロールモデルを生みだす素晴らしい取り組みとのコメントがありました。また今回の発表者たちへの期待の言葉もいただきました。
男女共同参画局長の林伴子氏。
いよいよ、リカジョ賞グランプリ候補3組による成果発表会です。
はじめに、筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターでダイバーシティ担当ディレクターをつとめる樋熊亜衣さんが「リケジョサイエンス合宿」をテーマに発表しました。
同センターは、理系女子への先入観を払拭し、理系進路への意識醸成をはかるねらいのもと、女子中高生105名を集めて2泊3日の合宿を実施。樋熊さんは、筑波大学の12研究室を訪れるサイエンス実験体験や、つくば市内の4研究機関を選んで訪れる見学・体験の充実ぶりを紹介し、「理系進学を考える学生を後押しできたかなと思っています」と締めくくりました。
樋熊亜衣さんと発表資料(抜粋)。合宿は2019年で7回目となった。
同志社大学理工学部電気工学科教授の松川真美さんは「『科学するガールズ』養成プログラム成果発表」というテーマで発表しました。
このプログラムは、物理分野を学ぶ女子の少なさへの課題意識から、女子中高生に物理の楽しさを紹介し、理系を目指す意識を高めることをねらいとしたもの。松川さんは、真夏に2泊3日でおこなう「ガールズサイエンスキャンプ」や、ガールズたちをサポートする人たちへの支援企画を含む、同プログラムの5つの企画を紹介しました。そして今後に向け、「科学するガールズサポート企業連合の発足をめざしています」と抱負を述べました。
松川真美さんと発表資料(抜粋)。2020年8月のキャンプはオンライン上で実施した。
函館工業高等専門学校からは、物質環境工学科准教授の松永智子さんと、理系女子実験隊の三好舞実さんが「高専女子のリカジョ力を地域に還元」というテーマで発表しました。
同校は、PDCA(計画、実施、確認、改善)サイクルによる女子学生の成長ストーリーのしくみを、理工系女子育成に取り入れようとしました。学生の三好さんは、実験演示で子どもに科学の楽しさを伝える活動を紹介。「出前講座を通した経験が、自分の力になっていることに気づきました。楽しさを伝える楽しさを学びました」と伝えました。教員の松永さんは、「イベント活動と発表活動がリンクすることで、自ら考え、伝える力が生まれるしくみになっています」と説明しました。
松永智子さん(左)三好舞実さんと(右)と発表資料(抜粋)。
さて、グランプリはどなたの手に……。
贈呈式の終了後、選考委員による審査がおこなわれました。その結果、グランプリを函館工業高等専門学校に、また準グランプリを国立大学法人筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターならびに同志社大学に贈ることに決定しました。
なお今年度から、応募者のうちとくに今後の活動が期待されるみなさんに「奨励賞」を贈ることにしました。今回は12組に奨励賞を贈ります。受賞者と活動内容は日産財団サイトの「リカジョ育成賞」をご覧ください。
理科教育賞の対象4校が研究成果を発表
いよいよ理科教育賞の成果発表会です。事前の選考で大賞候補となった4つの学校の先生たちが、理科教育助成を活用した研究の内容や成果を発表しました。
まず、北九州市立曽根東小学校からは、「主体的に学び、持続可能な社会を創造できる児童の育成を目指した環境教育」というテーマで取り組んできた研究の成果を、髙木龍太郎先生が発表しました。
髙木先生は、感性、創造性、主体性のある子ども像の設定のもと、子どもたちの資質や能力を伸ばすことに重点を置きながら、理科授業で環境教育の研究を進めてきたことを紹介。実践例のひとつとして、3年生の「動物のすみかを調べよう」を取り上げ、学校周辺にあるクリークでの生きもの調べ、子どもたち同士での情報の交換、捕食や生息場所のつながりのマッピング化、さらには近隣の小学校への成果紹介といった取り組みを披露しました。そして「自然を見る目が養われ、曽根東のよさとともに地域の人々の思いや願いを十分に感じるとることができました」などと成果を述べました。
髙木龍太郎先生と発表資料(抜粋)。
いわき市立小名浜第三小学校からは、「理科における思考力・判断力・表現力を伸ばす授業の在り方」というテーマの研究の成果を、安藤知広先生が発表しました。
安藤先生は、子どもたちの学びを受け身的なものから主体性あるものに変えるため、思考力、判断力、表現力を伸ばす授業のあり方を先生たちが求めたこと、また、子どもたちの思考の可視化のためICT(情報通信)機器を駆使したことを紹介しました。実践例のひとつとして、6年生の「月の形と太陽」を取り上げ、太陽、地球、月のモデルをさまざまな位置からタブレット端末で撮影し、話し合いを行いながら実験を進めたと述べました。効果の検証についても、タブレット端末の使用で「授業がわかりやすくなった」との感想が子どもたちから多く上がった一方、「しっかり伝え、議論することができた」などの実感は限定的だったと発表しました。
安藤知広先生と発表資料(抜粋)。
横浜市立南本宿小学校からは、「ESDの視点の獲得につながる、『日常』をサイクルに取り入れた問題解決学習」というテーマの研究の成果を朝倉慶顕先生が発表しました。
朝倉先生は、未来社会に不可欠な資質であり、同校が培ってきた「教育水田活動」も活かせることから、ESD(持続可能な開発のための教育)の視点を獲得する教育を実践したと、研究のねらいを伝えました。子どもたち自身の日常に紐づけるため、理科などの授業だけでなく、各学年での宿泊体験の活用や家庭との協力もおこなったことを紹介しました。子どもたちはSDGs(持続可能な開発目標)のなかでも健康、町づくり、責任ある生産・消費といった身近なものに課題意識をもつようになったことなどを成果にあげました。
朝倉慶顕先生と発表資料(抜粋)。
そして、下野市立祇園小学校からは、「主体的に学び、よく考えて課題解決ができる児童の育成」というテーマの研究の成果を、熊倉悠気先生が発表しました。
熊倉先生は、教師の理科における指導力向上を目指したことや、子どもたちの論理的思考力向上のため根拠を示して書くことに重点を置いたことなど、研究のねらいや経緯を紹介しました。教師たちの課題に対しては「授業観察用シート」を活用したこと、また、子どもたちの課題に対しては「書き方の型」を理科授業に取り入れたことを伝えました。そして、教師の指導力向上と、子どもたちの論理的思考力の向上がともに見られたことや、理科や科学技術に関係する職業に就きたいと思う同校の子どもが全国レベルを大きく上まわったことを成果としてあげました。
熊倉悠気先生と発表資料(抜粋)。
それぞれの発表後には、2人ずつ選考委員が発表者に対し、研究内容についての意図などを尋ねました。
そして贈呈式終了後、選考委員による審査がおこなわれました。その結果、理科教育賞大賞を下野市立祇園小学校に、また理科教育賞を北九州市立曽根東小学校、いわき市立小名浜第三小学校、横浜市立南本宿小学校に贈ることに決定しました。
また、上記4校を除いた理科教育助成実施校・団体の研究成果発表ポスターのなかから、助成校・団体や教育委員会のみなさんが投票して決める「ポスターセッション賞」を今回は事前のweb投票でおこないました。投票の結果、いわき市立小名浜東小学校の「『主体的に考え、主体的に学ぶ子ども』の育成」に理科教育賞ポスターセッション賞を贈ることになりました。
理科教育賞についての、長谷部選考委員長による講評はこちらをご覧ください。
これまでの取り組みをまとめた『授業で語るこれからの理科教育』刊行の報告も
今回の贈呈式では、横浜国立大学名誉教授の森本信也先生が編著書となり、日産財団が監修した本『授業で語るこれからの理科教育』(東洋館出版社)の刊行のお知らせもしました。この本は、これまでの日産財団理科教育助成実施校の数多くの研究を題材に、これからの理科教育のあり方を方法論と実践例の両面から提案する1冊です。
日産財団常務理事の原田宏昭からは、研究をおこなってきた先生たちのさまざまな工夫と発見という「宝の山」を全国の学校でも使っていただくために本のかたちにしたと、企画した経緯の紹介がありました。
森本先生からは、現代の教育において、資質能力の育成や深い学びという大きな課題があるなか、各学校の取り組みがどういう意味をもつのかを分析したと、ねらいの紹介がありました。そして、読者である先生たちの新たな発見のため、また新しい実践のためにこの本を活用してほしいとのメッセージもいただきました。
2020(令和2)年8月に刊行された『授業で語るこれからの理科教育』を紹介する原田常務理事(左)と森本信也名誉教授(中央)。
今回の贈呈式は、これまでの実際の会場での開催とは異なる形式となりました。初めての試みでしたが、受賞者のみなさん、選考委員のみなさん、そしてオンラインでご参加いただいたすべてのみなさんのご協力のもと、式を執りおこなうことができました。ありがとうございました。
そして、受賞されたみなさん、おめでとうございます。
日産財団は理科教育助成、理科教育賞、リカジョ賞などを通じて、これからも理科教育の発展につながる支援をしてまいります。ぜひ、ご理解とご協力をよろしくお願いします。