中高生たちへの理系進路選択支援を通じ、未来の滋賀で輝く女性を輩出――滋賀県立大学
第7回リカジョ育成賞 グランプリ
「集まれ! 未来で輝くクリエイター+系女子 in 滋賀」
インタビュー:滋賀県立大学工学部教授 田邉裕貴さん 地域連携・研究支援課 高谷美穂さん
(実施日:2024年9月18日)
地元の女子中高生たちの理系進路選択を支援する活動を通じ、理系の学部・学科での女子学生や理系で働く女性の比率アップ、将来的な県の活性化をめざしています。滋賀県立大学は、「集まれ!未来で輝くクリエイター+系女子 in 滋賀」を、県内の企業などとの連携のもとに展開。女子生徒が、自身の理系に対する興味・関心の強さに応じて、選択的・段階的に参加できるレベル分けしたイベントを実施し、県内の女子生徒を中心に理系への進路選択や興味・関心向上の機会を提供してきました。同大学はこの取り組みで、日産財団「第7回リカジョ育成賞」のグランプリに輝いています。
このたび、取り組みを主導してきた工学部教授の田邉裕貴さんと、男女共同参画などの観点から実務を担ってきた職員の高谷美穂さんにお話を聞けました。お二人から、取り組みの内容や工夫点のほか、自ら参加してくれそうな人たちのいる場所に出向いて理系に興味を持ってもらうきっかけを提供していることや、保護者への理解を重視していることなどをうかがえました。
「地域に根ざし、 地域に学び、 地域に貢献する」人が育つ大学
――滋賀県立大学についてご紹介いただけますか。
田邉裕貴さん(以下、敬称略) 滋賀県立大学は1950(昭和25)年に開学した滋賀県立短期大学を前身とし、1995(平成7)年に4年制大学として開学しました。大きなテーマに「人間」と「環境」への向き合い方を掲げています。学部には環境科学部、工学部、人間文化学部、人間看護学部があります。「地域に根ざし、 地域に学び、 地域に貢献する」人が育つ大学として、学生たちはさまざまな場所に出向いて社会貢献活動も行っています。県内のみなさんにも、地域課題の解決や地域貢献に活発な大学とご認識いただいていると思います。
(左)田邉裕貴さん。滋賀県立大学工学部機械システム工学科教授。大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻修了。1995(平成7)年、滋賀県立大学工学部機械システム工学科へ。助手、助教、准教授を経て、2016(平成28)年より現職。材料強度や非破壊検査の研究に取り組んでいる。理系進路選択支援プログラム実行委員会副委員長。(右)高谷美穂さん。滋賀県立大学地域連携・研究支援課職員。同大学人間文化学部卒業生。2007(平成19)年度、同大学の職員に採用される。総務課等の職員を経て、2024(令和6)年度より現職。
工学部でスタートし、全学的な取り組みに展開
――「集まれ!未来で輝くクリエイター+系女子 in 滋賀」に取り組むことになった背景を聞かせてください。
田邉 この取り組みは2020年度からの2期4年間、科学技術振興機構(JST)の「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」の支援を得て取り組んだものです。そのきっかけは、「女子学生がとても少ない」という工学部の課題にありました。また、工学部の女性教員数も長らく0人が続いていたのです。このような状況を打開するためのアクションとして、まず工学部がプログラムに応募し、2020年度から2年間、工学部で取り組みました。
活動しているなかで、私たちは「工学にとどまらず幅広い分野で理系人材を育てていく必要がある」と感じるようになりました。そこで、2023年度からの2年間は、全学的な取り組みへと拡大させました。取り組みの呼称に「プラス」とありますが、全学的な取り組みへの拡大を機に、工学分野を中心にものづくりに関わる「クリエイター系女子」だけでなく、幅広い理系分野で高度専門知識を駆使して滋賀の未来を切り拓いていく人材「クリエイター+系女子」を育てたいという意味を込めて加えたものです。
取り組み期間中の対象者は、女子中高生、それに彼女たちの進路に強い影響をもつという点から保護者の方々と学校の先生も視野に入れていました。
3つのレベルのイベント実施、女子生徒たちにも響く
――具体的な活動内容を伺います。対象者が理系進路に関する興味や知識のレベルに合わせて、選択的・段階的に参加できるよう、3つのレベルのイベントを企画・実施されたそうですね。
田邉 はい。まず「レベル1」では、理系選択の第一歩として、謎解きを通した「理系的思考体験」のイベントを実施しました。理論的に考える。法則を見抜く。可能性を仮説として立てて検証する。とくに理系で必要になるこれらの考え方を楽しみながら体験してもらうことを意識したものです。
レベル1 理系的思考体験(画像提供:滋賀県立大学)
田邉 たとえば、三角形の紙の端に半円が記されているのを4枚あたえ、4つの丸ができるように三角錐を組み立ててもらうといったものです。参加者たちは,まず,平面の問題として答えを探しますが、それだと不可能だと気づき、立体の問題と考え直して正解にたどりついていました。
ほかにも、赤のボールで青のボールを押すだけ(引くことはできない)で目的の位置に青のボールを収めるという論理的思考力を使うパズルや、法則を見抜く力を使い,マスのなかに文字を入れて答えを導くパズルなどにも挑戦してもらいました。
イベントに参加してもらった地元彦根市のマスコットキャラクター「ひこにゃん」見たさできてくださった参加者もいましたが、そこで「理系的思考体験」を通して「理系っておもしろいかも」と感じてくれた人たちもおられたと思います。
――「レベル2」はどういった内容でしょうか。
田邉 理系の職場を訪れて参加者たちに先輩リカジョと交流してもらう「職場交流体験」です。理系の仕事の魅力とやりがいを知ってもらうことが目的です。工学部でつきあいのある県内企業・機関にご協力いただきスタートしました。その後、工学部のつながり以外を含め、これまで県内10機関の協力を得て実施してきました。
レベル2 職場交流体験(画像提供:滋賀県立大学)
田邉 当初、私たちは、参加する生徒たちに「こんな高度な技術があることを知ってほしい」「こんなすごい企業あることを伝えたい」と企画を練ってきましたが、それだと人が集まらないことがわかってきました。そこで、「女子受け」する題材を前面に出した企画に変更しました。たとえば、日本電気硝子の宝飾ガラスや、パナソニックのドライヤー・美顔器などを題材として、これらの開発・製造に携わる女性技術者たちに登場いただき、その話の中で、我々の伝えたい「技術のすばらしさ」や「理系の魅力」を紹介いただくといったものです。同じ目的で、お菓子メーカーのたねやに協力をお願いして職場交流体験を実施しましたが、生徒たちの関心は高く、定員を超える申込みをいただき大変好評でした。まずは女子中高生に興味を持ってもらい、参加してもらうことが大事であると気付かされたイベントとなりました。
高谷美穂さん(以下、敬称略) このレベル2では、企業などを訪れるので、働いている人や場所に実際に接することができる点が特徴です。
――「レベル3」の内容はいかがでしょうか。
田邉 各学部でおこなっている理系の研究や実験を、中高生向けにアレンジして提供する「キャリアスキル体験」です。大学がどんなところか、また理系の研究がどんなふうに進められているかを知ってもらい、自分の向いている分野について考えてもらうことをねらいとしています。
レベル3 キャリアスキル体験(画像提供:滋賀県立大学)
田邉 この企画では、学内の女子学生たちに参加を募って、中高生たち参加者のすぐ年上のロールモデルの役割を担ってもらっています。どのように理系に進んだのか、日ごろどんな生活を送っているのかなど、自身の経験を語ってもらっています。女子学生たちはその役割を担うなかで、活動の意義をより深く理解し、積極的に協力してくれます。女子学生にはレベル2の「職場交流体験」にもロールモデルとして参加してもらっていますが、自身のキャリア形成の参考にもしているようです。「職場交流体験」をきっかけとして、その企業に興味を持ち、就職するに至ったという例も複数あります。そのうちの一人は、技術を伝える先輩リカジョとして今年の職場交流体験に参加してくれました。
アウトレットに出向いて理系への興味のきっかけを提供する活動も
――レベル1、2、3の各イベントについてご紹介いただきましたが、ほかにも取り組みはありますか。
田邉 はい。「レベル0」の位置づけで、「サイエンスフェスタ」を実施しています。本学が連携協定を結んでいる三井不動産商業マネジメントの「三井アウトレットパーク 滋賀竜王」で、来場者たちに「3Dプリンタによるデジタルモノづくり」や「プラスチックでカラフル万華鏡をつくろう」などの体験型イベントに飛び入りで参加してもらうものです。
レベル0 サイエンスフェスタ(画像提供:滋賀県立大学・三井不動産商業マネジメント)
田邉 レベル1から3では、もともと理系に興味ある人たちの参加が多くなりがちですが、この「サイエンスフェスタ」では理系に興味ない人にもアプローチすることができます。飛び入りで参加してまずは体験してもらい、「ほかにも理系の魅力を体験できる各種イベントを実施しているので参加してください」と伝え、レベル1から3のイベントへの参加につなげます。「きっかけづくり」として大切な企画です。
実施してみると、小学生のお子さんと親御さんら本当に多くの方に参加してもらえます。私たちの活動を知ってもらうという点で、役立っていると思います。
――取り組みを通じてどんな点に注力されていますか。
田邉 苦手意識から理系に進まないというネガティブな進路選択をできるだけ減らすことです。そのため、「いまみなさんが勉強していることは、将来こんなところで役立つんだよ」といったことを伝えることに力を入れています。
高谷 保護者の方々に理系に対する理解を深めてもらうこともポイントと思っています。取り組みとして保護者や教員向けの説明会も開催しており、有識者によるジェンダー問題に関する講演や本学理系女子学生たちのパネルディスカッションをおこなっています。理系のことをより身近に感じてくださる保護者の方が増えたのではないかと思います。
「県の活性化にもつなげる活動に」
――取り組みの成果についてうかがいます。
田邉 厳密な追跡調査まではできていませんが、参加者のなかには、高等専門学校(高専)に進むことや、イベントをきっかけに理系進路を選んだことを伝えてくれる生徒たちがいました。一定の効果はあったと捉えています。
保護者のみなさんにも、ほかの開催イベントにも参加しますとか、ママ友に紹介しましたとか、熱心に伝えてくださる方がいます。こちらも一定の効果があったと思います。
因果関係はわかっていませんが、滋賀県立大学の工学部の女子学生は増加傾向にあります。工学部には3学科ありますが、電子システム工学科や機械システム工学科では女子学生0人の年もありました。最近では電子システム工学科で定員50名中女子学生が10名を超える年度もありましたし、機械システム工学科でも女子の入学者が増えています。材料化学科では女子学生比率2、3割を維持しています。今後は、イベント参加者たちに理系学部に入学していただき、さらに女子学生比率が増えていくことを期待しているところです。
――参加者を迎える大学や協力機関にとっての成果をどう捉えていますか。
田邉 大学では、非常に協力的な人もいる一方でまったく関心のない人もいるといった状況でしたが、取り組みを継続することで、確実に協力の輪が広まっていると感じています。
ありがたいことに、協力いただける企業などの機関も増えてきました。女性の人材を採用したい、あるいは理系女性社員を増やすことに社会的意義を感じるといったことで協力してくださるようになった企業もあります。地元の魅力的な企業を知ってもらう。そして人材を輩出する。こうした活動を通じて、将来の滋賀県の活性化に向け貢献したいと考えています。
男子や小学5、6年生も対象に加え、取り組みを発展
――2024年度から、取り組みの名称や内容を変更したと聞きます。
田邉 はい。これまでの「集まれ!未来で輝くクリエイター+系女子 in 滋賀」で取り組んできた、女性の理系人材を輩出する観点をひきつづき中心に据えながら、2024年度より「目指そう!未来を創る理系クリエイター in 滋賀」にリニューアルして取り組んでいます。性別問わず、理系人材を滋賀県に輩出する必要があること、また、女性の活躍には、ともに仕事をする男性にも、女性にとってのライフイベントや課題を知ってもらうことが大切であることから、対象参加者の幅を男性にも広げました。
これまでは中高生をおもな対象としてきましたが、中学生の段階ですでに理系への強い苦手意識をもつようになる生徒も少なくありません。小学生のころから、理系のおもしろさや魅力、理系の仕事のやりがいなどの情報を提供するほうがよいと考えました。そこで、小学5・6年生も対象にすることとしました。
以前にも増して、理系の「楽しく、身近で、生活に不可欠」というイメージを児童・生徒たちに伝えていければと取り組みを進めています。