女子生徒が「研究」を体感できる発表会SWRを毎年開催――東京都立戸山高等学校
第5回日産財団リカジョ育成賞 準グランプリ
「戸山高校SSH研究発表会SWR(Symposium for Women Researchers)」
インタビュー:東京都立戸山高等学校 SSH部 教諭 松村幸太さん
(実施日:2022年10月7日、11月3日)
理系の進路に興味をもつ高校生たちにとって、自分の研究してきたことを人前で発表したり、モデルとなる研究者の経験談を傾聴したりといった「大学以降の研究活動の萌芽となる経験」は、その後の進路選択やキャリア形成に大きな影響をもたらすことでしょう。
「スーパーサイエンスハイスクール」(SSH)認定校である東京都立戸山高等学校は、例年「戸山高校SSH研究発表会SWR(Symposium for Women Researchers)」を実施し、女性研究者を迎えての講演会、研究者を迎えてのキャリア相談会、生徒みずからによる研究発表、女子の大学生・大学院生たちとの交流会などを実施しています。SWRを通じて同校は理系女子の活躍の場とネットワークの構築ができる環境の創出につとめてきました。この取り組みに対し、日産財団は「第5回日産財団リカジョ育成賞」で準グランプリを贈っています。
今回、私たちは、女子生徒たちの主体的なSWRの参加・取り組みを教員として支えてきた同校SSH部主任の松村幸太さんに、取り組みの内容や成果を聞きました。松村さんは、生徒みずからが主体的に準備・運営することの意義の大きさを強調します。また、2022年11月に開催されたSWRを見学し、女子生たちにお話を伺うこともできました。SWRを通じての自身の成長ぶりを語ってくださいました。
都立では最長、2004年からSSH
――東京都立戸山高等学校は長らく、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の認定校となっていますね。
松村幸太教諭(以下、敬称略) はい。本校のSSHとしての歴史は長く、2004年に都立高校としては初となる指定を受けました。当校は、選択制でなくクラス全員がSSH教育を受ける「単独クラス」を設置しています。クラスのみんなで理系科目の深い学びに取り組む雰囲気があり、クラス人数や男女比は年度によって異なっています。
授業では週に一度、2時間連続で「SSH」という授業があり、物理、化学、生物、地学、情報、数学の6領域から生徒が取り組むテーマをひとつ決めて、研究活動に取り組んでいます。大学以降でのアカデミックリサーチを意識して、テーマに沿った仮説の設定やその検証、また考察などを経て、最終的に論文をつくるという過程を経験しています。
私は数学の担当ですが、生徒のなかには数学を選び、高校数学を発展させた「回帰分析」というテーマにみずから興味をもって取り組んでいる人もいます。
SWR開催の背景に、女性研究者の割合の低さへの課題意識
――今回の準グランプリの対象となった取り組み「戸山高校SSH研究発表会SWR(Symposium for Women Researchers)」について伺います。まず、取り組みの背景はどういったものでしたか。
松村 SWRは2014年に始まりましたが、初期から携わっている本校の先生に聞くと、女性の研究者の割合が低いという課題意識が原点にありました。国の調査では2020年現在でも研究者に占める女性の割合は16.9%にとどまっています。その一方で、女性ならではの視点は社会において必要という意識も強まっています。本校の先生たちは、女性が研究者として活躍していくきっかけをつくりたいという願いをもっていたのです。
女性研究者はどのようなことに充実感を覚えたり悩んだりするのか、研究者たちからキャリア形成についてお話を聞く時間をしっかりと設け、生徒たちが学ぶ場をつくりたい。このような意識からSWRが始まったのです。
2022年8月に開催した「第5回リカジョ育成賞贈呈式」でプレゼンテーションをする松村幸太先生。都立高校2校で教諭をつとめたあと、2020年、都立戸山高校に着任。同校のスーパーサイエンスハイスクール関連の業務を担うSSH(Super Science Highschool)部の主任をつとめる。授業の担当教科は数学。男子バスケットボール部の顧問もつとめる。
外部とのつながりのもとで開催
――SWRの実施内容はどのようなものでしょうか。
松村 2014年の第1回以来、毎年の回で大きく次の4点をおこなってきました。大学・企業の女性研究者による講演などを聴き、自身の将来について考える。女性大学生・大学院生に研究発表してもらうとともに現在までのキャリアを話してもらう。生徒自身がポスター発表をして研究者からコメントもらい、また生徒どうしで議論を深める。そして、女性研究者や女性大学生大学院生との交流会で、生徒が自身の将来について考える。この4点です。
――参加体制はどのようにしていますか。
松村 SSHクラスに所属している女子生徒は全員参加し、SSHの授業で取り組んでいる研究の成果を発表します。また、当校以外の高校の生徒さんにも研究発表に参加してもらっています。
ほかに、女性の研究者の方をお招きして、基調講演をおこなっていただいています。また、ご協力いただいている大学の先生方や、当校の卒業生や、他校の卒業生の大学生・大学院生たちにも、研究面でのアドバイスいただいたりキャリアについてのお話をいただいたりしています。
――大学との連携体制をどう構築したのでしょうか。
松村 当校と大学とのあいだの高大連携のほか、東京都を通じての大学と提携関係も組まれており、これらの連携のもとで協力をいただいています。
工学院大学には、2020年度以降のオンラインでの実施にあたり、サーバをお貸しいただくなどしていただきました。オンラインツールとしてZoomミーティングを使いましたが、大学生のみなさんがその方法をていねいに教えてくださり、生徒たちは試行錯誤しながらリハーサルや本番に取り組んでいました。
早稲田大学や学習院大学にもアドバイスや学生人員などで協力をいただいています。大学生のみなさんは積極的で、女子生徒たちに親身にあたってくれます。
「戸山高校SSH研究発表会SWR(Symposium for Women Researchers)」のようす。女子生徒たちのキャリア形成を支援する。(写真提供:東京都立戸山高等学校)
生徒が自主的に企画・運営、成長の機会に
――SWRでは、女子生徒たち自身が主体的に企画・運営をしていると聞きます。
松村 ええ。基本的に教員は介入せず、彼女たち自身で司会者を決めたり段取りを決めたりしています。本人たちからすれば大変な思いもするでしょうが、自分たちで場の設定や準備をし、アウトプットする点はSWR、そして戸山高校のよさだと思っています。
日ごろから女子生徒には、責任感の強さを感じます。Zoomミーティングの方法などでわからない点があれば、Youtubeを見るなどして方法を学び、さらに、ほかの女子生徒に教える生徒もいました。もともと高い社会性をもっているなかで、SWRのような自分たちを表現する場を踏むことにより、女子生徒たちは大きく成長を遂げるのだと思います。
英語での発表にチャレンジする生徒を支援
――SWRの開催を重ねるなかで、内容を改変または改善している点はありますか。
松村 新型コロナウイルス感染症の影響で、2020年や2021年はオンラインでの開催をせざるをえなくなりました。その一方で、 Zoomミーティングの準備経験などを含め、オンラインで実施することにもよい面があると生徒・教員ともに感じました。そこで2022年も、学校での開催のとともに、部分的にオンライン開催も採り入れることにしました。
もう一点、「英語で研究発表をしたい」という生徒が現れたので、その支援もしようと考えています。英語科の先生が、海外の方々と直接コミュニケーションできるオンライン会話システムを導入しており、それを英語で研究発表したい生徒が使えるように支援してくださる予定です。
SWRを経て、自分への評価が高まる生徒の傾向も
――SWRを通じて、女子生徒たちはどのような変化を遂げていますでしょうか。
松村 アンケートをとっていますが、SWR開催の前後で「研究スキルの向上」「発表・交流への積極性」「研究に対する意欲の高まり」のいずれも向上が見られました。自己評価なので主観的ではありますが、SWRへの参加でチームワークをはかるなどさまざまな経験を積んで、「自分、がんばってるじゃん」と、自分を認めることができている表れだと捉えています。
SWRの効果についての検証。2021年に3年生を対象にした自己評価のアンケート結果。SWRは11月に開催され、その前後で女子の各項目での向上が見られる。(資料提供:東京都立戸山高等学校)
――背景的な課題意識としてあった、女性研究者の割合の低さに対しては、解消につながるような成果を感じられていますか。
松村 定量的に調べているわけではありませんが、卒業生が女性研究として活躍し、マスメディアのインタビューを受けているのを教員が見たり、聞いたりすることはあるようです。科学の分野で活躍している女子生徒も多いものと思います。
――女子生徒の成長を支える取り組みについて、ジェンダーの観点で生徒からの反応があったり、それに対する対応をされたりはしているものでしょうか。
松村 たしかにSWRを開催すると、生徒から「なんで女子だけなの」と聞かれることもあります。そこは丁寧に、研究者の割合があまりにも低いという状況があるため、それをどうにか改善したいという意図があると伝えるなどしています。もちろん「僕もSWRに参加したい」という男子生徒がいればSWRに歓迎しています。
生徒たちの「自己決定」の大切さを感じる
――今後のSWRの取り組みに向けて、お考えのことを伺います。
松村 SWRに力を入れれば入れるほど、生徒にとって学びの機会が増えることを実感しています。大学や他校のみなさんの運営面でのご協力も本当に多大で、ありがたく感じています。
一方で、それでもなお教員の負担が大きくなっていることは事実です。部活動の顧問や、授業研究があるなかでの取り組みですからね。今後は、生徒たちの学びの質を保ちつつ、教員1人にかかる負担ができるだけ少なくなるようにしながら、SWRの取り組みを維持・継続させていくことが課題だと感じています。
――最後に伺います。SSHクラスに所属するような理系進学に興味をもつ生徒が、今後の進路先でさらに活躍するために重要と思えることはどのようなことでしょうか。
松村 個人的には、生徒たちが「自己決定する」ということの大切さを感じています。研究という営みは本質的に、自分の好奇心から生まれてくるものであると思います。大学以降の進路を含め、自分の道を試行錯誤して自分でつくっていくことが5年後や10年後、本人たちにかならずプラスになると思っています。このことは、生徒たちにもいろいろな形で伝えています。
●コラム SWRを見学、生徒に実感をうかがいました!
2022年11月3日に開催されたSWRに、松村先生からご招待をいただき参加してきました!(冒頭写真参照)
女性研究者による講演会では出産経験を含むリアルな研究生活ぶりを女子生徒たちが聞き入っていました。その後のキャリア・ラウンドテーブルでは生徒たちがメンターの研究者・卒業生たちに進路の相談をし、他校からの生徒ともども真剣なまなざし。そして、Zoomミーティングも交えての生徒による口頭発表と教室でのポスター発表では、生徒たちが参加者たちから研究のアドバイスなどを受けていました。
生徒代表をつとめた土屋瑠和さん(2年生、写真左)は、「今回からまた来賓の方がいらっしゃるので、各イベントが円滑に進むよう準備を重ねました。自分の口頭発表では、研究テーマの『メタバース』について、オンライン参加者からも着眼点やアドバイスをいただけ、最終発表に向けて課題を見つけられました。SWRは自分の成長を実感できる場です」と話します。
副代表をつとめた冨田かれんさん(1年生、写真右)は、「配布冊子も生徒でつくるなど、中学生のときとのちがいを感じます。ポスター発表では『コメからカビ繁殖防止剤を作る』という自分の研究にさまざまな指摘や質問をいただき追究がもっと必要と感じました。SWRなどの行事は、それに向けて自分がなにをすべきかを考えて実行する大切な節目になります」と話します。
髙野宏校長先生からは、「生徒一人ひとりの身近な疑問や願いが研究のスタートになっています。1年生から2年生にかけての成長も見られます。発表に対して学生・大学院生や研究者のみなさんから温かくも鋭い質問をいただけ、生徒たちにとってよい機会となりました」と感想をいただきました。
生徒たちは今後、2月の男女合同研究発表会「TSS(Toyama Science Symposium)」に向けて、研究をさらに進めていくとのことです。