科学コミュニケーション活動を通じて“科学のお姉さん”が女の子たちのリカジョ意欲を呼び起こすーーリカジョ賞受賞者に聞く 五十嵐美樹さん
第1回日産財団リカジョ賞準グランプリ
初等教育段階における女子の理系学習促進のための科学コミュニケーション活動
インタビュー:東京大学大学院 学際情報学府 修士課程科学コミュニケーション専攻 五十嵐美樹氏
(実施日2018年10月20日)
五十嵐美樹さんは、大学在学中にミス理系コンテストでグランプリを受賞。エンジニアリングの分野に従事したのち、子どもたちを対象に実験教室や科学ショーを行う“科学のお姉さん”としての活動をスタートしました。
五十嵐さんは「子どもたちが科学のおもしろさに出会える機会をつくりたい」との思いから、全国各地で様々な活動を展開。紹介する実験のわかりやすさ、“科学のお姉さん”が教えてくれるという親しみやすさ、ダンスなどを交えたショーの楽しさなどが人気の理由で、テレビや雑誌などでも紹介されています。
こうした STEMに対する女子の意識をポジティブなものに喚起しようという五十嵐さんの取組みが評価され、第1回日産財団リカジョ賞・準グランプリを受賞しました。
東京大学大学院で「科学コミュニケーション」の研究を続けながら、ミス理系、そして科学のお姉さんとして活躍する五十嵐さんに、お話を伺いました。
––五十嵐さんは、いろいろな場やツールを通じて、子どもたち、特に女の子が科学に触れる機会を創出するような活動を行っていらっしゃいますね。
五十嵐美樹さん(以下、敬称略) はい。「どんな環境の子どもたちでも科学と出会う“きっかけ”をつくりたい」というのが、私の活動の原動力です。
裁量が少ない子どもの頃から環境や性別によって科学と出会う機会が制限されることが少なくなるように、科学と触れる機会を提供したいという思いをモチベーションに様々な活動を行っています。その中心は、学校外の時間を使った①科学実験教室と、②サイエンスショーです。
––2つの活動それぞれについて、説明をお願いできますか。
五十嵐 ①科学実験教室は、主に小学生を対象にした科学実験のワークショップです。少人数で、参加者が自分で手を動かして実験や工作などを行うことを通じて、科学者の仕事を疑似体験してもらうというもの。科学者ってこういうものなんだなと知ってもらえるような“きっかけ”を提供する場にしたいと考えています。
また、②サイエンスショーは、私自身がプロデュースする科学ショーを商業施設などで開催するものです。私が演者となって舞台上で実演を行います。
「私は科学そんなにやったことがないし、周りにも科学関係の人がいない」という子どもたちの目にも触れるように、歌やダンスを交えた楽しいショーを披露することが、「科学が好きな、ああいう女性もいるのか。私もやってみようかな」というちょっとしたイメージ形成にもつながると思っているので、科学にあまり興味がないという子も通りすがりに立ち止まってもらえるようにすることを意識して演じています。
ワークショップでは私が先生役になって参加者と一緒にクラスで授業を行うような感じになる一方、サイエンスショーのほうは、ステージに立ってキャラクターを演じるので、女の子たちにとって“気になる人”になるんですね。これは科学実験教室との違いで、ショーが終わると「お姉さん、一緒に写真撮って」と目をキラキラさせてお願いされたりして‥‥最初は戸惑いましたが、私もとてもうれしくて。そうした応援がショーをより良くしたいという思いにもつながっています。
––科学実験教室のワークショップは、「科学者の仕事を体験する」というテーマで実施されているのですよね。
五十嵐 そうです。もともとは内閣府男女共同参画局と連携していたこともあり、「理系のお仕事体験」と題してワークショップを行っていました。
理系のお仕事といっても幅広いのですが、例えば、化学の研究者を想定して、紫キャベツの溶液に身の回りのものを入れて、色の変化で酸性かアルカリ性かを調べるというワークショップを行いました。シールを渡して何色になるかを予想してもらい、予想した色のシールを貼ってもらうのですが、お酢を入れれば紫色の溶液が赤色に変わり、子どもたちにとって驚きの対象になります。それはお酢が酸性だからなんですが、そこで「酸性って何だろう?」という話をしていきます。
答えのわからない問いに仮説を立て、実際に実験してみると、たいていは予想と違っていたり、うまくいかなかったりするものですよね。「じゃあ、どうすればいいんだろう」と考えて、いろいろ試していく。実際の研究も、最初からうまくいくわけではなくて、試行錯誤をくり返して答えを見つけていくものなので、その過程を体験してもらうことを大事にしています。
また、エンジニアリングの技術者を想定して、「どうしたら燃費の良い自動車を作れるかな」というテーマと材料を提供して自由に製作してもらうというワークショップを行いました。テーマはあるけど、デザインしたり改造したり、自分で考えて工夫できるようなプログラムです。私自身の体験から、人の役に立つものを自分で工夫してつくるというのがエンジニアの面白いところなので、その部分を体験してほしいですね。
いずれの場合も、あらかじめこういう仕事なんだよという紹介はしません。体験が先です。体験してみてから「いまみんながやったことって、実は科学者のお仕事と同じなんだよ。みんなは今日、科学者になったんだよ」と伝え、具体的なロールモデルの紹介などを加えて職業としてのイメージを膨らませてもらいます。
––五十嵐さんは子どもの頃から科学が好きだったそうですが、何かきっかけはあるのですか?
五十嵐 小さい頃からおじいちゃんのお家で工作したり実験したりしていて科学には興味をもっていましたが、決して得意ということではありませんでした。ただ、好きなことを自覚して理系の進路を選ぶまでになったきっかけは、中学生のときの授業で行った「虹のスペクトルをつくる実験」でした。白色光がいろいろな色に分かれていくのをみて、「わあ、これって前に見た虹と同じだ」って、日常の出来事とひもづいた瞬間に「科学って日常にも繋がっておもしろいな」と思ったんです。
そのときからです、得意というわけではなかった理系の勉強を始めたのは。虹の実験をとおして物理が好きになったので、なんとか追い付かなくちゃという想いで物理を理解するために数学の公式や理論も勉強しました。そして、この勉強が現実の社会に繋がる瞬間があるのだろうということをできるだけ意識するようにしていました。社会のあらゆるところに物理や数学が関係しているということを想像していったら、だんだんと楽しくなって、そのうちに苦手意識はなくなっていきました。
––ご自身が理系に進んでみて、女性が少ないことから感じる困難さなどはありましたか?
五十嵐 確かに周りにいる女性は少なかったですね。進学したのが物理・工学系の学科で、そこでは男子学生に対する女子学生が9対1という構成でした。就職してエンジニアとして働いていた時期も、25人の部署で女性は私を含めて2人だけ。女性が少ないなということは常日頃感じていましたし、そのために難しさを感じたり、不安を覚えるところもありました。仕事の現場には女性用の更衣室やトイレがないといった設備面の問題も。
ただ、ポジティブに考えれば、少ないということをチャンスととらえることもできますよね。仕事先ではすぐに顔と名前を覚えてもらえるし、人口の半分である女性向けの製品を任されたりしやすいというのも強みだと思います。そうやって強みを生かそうという気持ちがあったので、私自身はくよくよするよりもやりがいを感じている部分のほうが大きかったです。
ただ、男性が多いといったイメージが原因で最初から理系に進むことを躊躇している女の子がいるとしたら、それはすごくもったいないことだと思います。私は、エンジニアリングは性別関係なく素敵なお仕事だと思いますし、諦めかけている子がいるならサポートしたいと思っています。“科学のお姉さん”としてそういう子が一歩前に進めるような“きっかけ”をこれからもどんどんつくっていきたいですね。
––これまで行ってきた活動のなかで、工夫してこられた点を教えていただけますか?
五十嵐 できるだけ多くの人に科学に触れる機会をつくりたいという思いから、本当にいろいろなかたちで“きっかけ”をつくってきました。全国各地の商業施設を回ったり、内閣府や科学館と連携したり、いまは私立小学校で放課後の時間に科学実験教室を実施する取組みも行っています。その中で意識してきたのは、すでに興味のある人を集めるのではなくて、まだ関心のない子たちの興味をひくこと。科学の世界に入る本当の最初の一歩をサポートすることです。
そういった、あまり関心がないという子には、科学の知識を上から教え込むようなことをしても心に響かなくて、すぐに興味を失ってしまうんですよね。ですから、できるだけ「双方向のコミュニケーション」ができるような工夫をしています。
双方向といっても、実際には私が前に出て発言するかたちがほとんどなので、直接の対話は難しいです。それでも、できるだけ相手の話を聞いて、それに応えることを心がけています。たとえそれが理科と関係ないようなことでも、まず聞くこと。
ショーの最中でも一人ひとりの顔を見て、あっちの子が何を言ったとか、こっちの子はついてきてないぞといったことを1つひとつ拾っていって、みんなの関心がどこにあるかを見極めていきます。わかっていない子が多かったら、置いてきぼりにしない。計画通りにプログラムを進めることにこだわらず、変更したりとばしたり、その場に応じて変えています。
なぜかといえば、関心のない人に何かを一方的に教えるというのは、押し付けがましいことだと思っているからです。相手がどこまで関心があるのか、どういう点に興味があるのかを見極めて、相手の求めていることに応える。そうすることで初めて、押し付けではなく素直に話を聞いてもらえるんだなということが、いろいろと経験する中でわかってきました。
––五十嵐さんのこれからの展望を教えてください。
五十嵐 はい。まず、科学に出会う“きっかけ”をつくり続けたいというのは、これからも同じです。小学校の時点では男女の理科や数学の学力は変わらないんですよ。世界的な調査でも、日本の子どもの学力は男女ともに上位に入っています。ただ、外国の子と違うのは、意識の部分で理科が苦手とか自信がないという子が、特に女子に多くなってしまっているんです。
自分自身も含めて、私が子どもの頃も周りを見渡すと同じ状況があったように感じています。だからこそ、変えていきたいという思いが強くあります。すぐには何かに繋がらなくても、後になってよく考えたら、あれが“きっかけ”のひとつだったかもしれないと思ってもらえるような活動を続けていきたい。
もう1つは、日本だけではなく世界に羽ばたく女性がどんどん出てきてほしいと思っているので、私自身も海外での活動を広げていきたいです。先日、既に女の子を対象としたワークショップを海外で開催させていただきました。
また、私自身がそういった活動を続けていくことで、こういうお姉さんがいるなら自分にも何かできるかもしれないと、女の子に希望を与えられるような存在でいられたらいいですね。
––五十嵐さんは、いまは研究者でもあるのですよね。
五十嵐 そうですね。いまは東京大学大学院に在学中です。社会と科学をどう結び付けていくかを研究する「科学コミュニケーション」という分野を専攻しています。私がこれまでに実践してきた活動の成果を学術的にも発展させていけたらいいなと思っています。
もっと具体的にいえば、どうしたら女の子をインスパイアできるかというのが研究テーマ。小学生の女の子にどういった科学コミュニケーションの働きかけをしたら、彼女たちの心を動かすことができて、その結果、社会にどれだけ影響をもたらすことができるのか、といった研究をしています。
––テレビやYouTubeといったメディアでもご活躍されていますね。
五十嵐 「科学に興味のない子に“きっかけ”をつくる」というのが私の活動の根本なのですが、その意味でテレビというのは、すごく多様な人が視聴しているメディアなのでとても大きな可能性を秘めているなと感じています。本当にたくさんの人が見ているので、テレビに出させていただいた時の科学実験教室やサイエンスショーなどの現場で感じる反響は大きいですよね。
また、YouTubeでは、ミキラボという名前で、子どもたちに人気の高かった実験や工作などを動画配信しています。サイエンスショーや科学実験教室で関心をもってくれた子たちから、 「科学っておもしろい!自分でもやってみたいけど、どうしたらいい?」という質問をたくさん受けるようになったので、その子たちの興味を持続していけるような場をつくりたかったんです。ありがたいことに“もっとなんでもやって、アップしたほうがいいんじゃない”と言っていただくこともあるのですが、開設の目的が全然違います(笑)。
<実践レポート>
ミキラボの「サイエンスショー」&「科学実験ワークショップ」レポート
“科学のお姉さん”として全国各地でショーや講演を開催している五十嵐美樹さんの実践活動は「ミキラボ」といいます。今年10月、神奈川県茅ヶ崎市が主催した「ちがさき環境フェア2018」で行われたミキラボのサイエンスショーとワークショップの様子をレポートします。
茅ヶ崎市役所内の市民ふれあいプラザにはステージが設けられ、イスが並べられた客席にはたくさんの親子連れが集まっています。五十嵐さんは、こうした公共施設で、お客さんが無料で参加できるショーやワークショップを数多く開催しています。
ショーが始まる時間になると、“科学のお姉さん”こと五十嵐さんがにこやかに登場しました。
最初の実験は、容器に入れた生クリームを縦横に振り続けると、脂肪同士がくっついて塊になりバターができるというもの。それまでニコニコと話していた五十嵐さんの表情が急に真剣なものになり‥‥賑やかな曲に合わせて踊り始めました!
会場は一気に盛り上がり、子どもたちは大喜び。五十嵐さんは、ヒップホップダンスを取り入れたダンスパフォーマンスを披露しながら、生クリームの入った容器を懸命に振っています。
あとで聞いてみると、五十嵐さんは小学1年生の時からヒップホップダンスを習っていたそう。「同じく小学校の頃から科学が好きで、ダンスと科学をうまく組み合わせられないかと考えてできたのが、あのパフォーマンスです。子どもたちが喜んでくれるのがうれしくて」と五十嵐さん。
続いて、酸性・中性・アルカリ性で色が変わるBTB溶液を使った酸素と二酸化炭素の実験、ドライアイスの白い気体がモクモクと出る実験、紫外線があると照らされた液体が光るブラックライトを使った実験、発砲スチロールが溶ける溶液を見つける実験‥‥とテンポよく続き、あっという間に1時間のショーは終了です。
実は、内容的にも、二酸化炭素や紫外線、リサイクルなどに関するもので、楽しみながらいつの間にか環境フェアにちなんで環境問題への関心を導くような構成になっていました。
午後には、別会場でミキラボのワークショップです。会場には机が並べられ、それぞれの机に4~5人の参加者が座り、この日は約50名が参加。テーマはLEDライト。五十嵐さんがマイクをもって、作り方やLEDとはどんなものかを説明。難しそうな手順のときには机の間を回って一人ひとりにアドバイスしていきます。
LEDを電池につなぎ、自分で絵を描いたピンポン球をLEDにかぶせて‥‥LEDランタンのできあがりです!
室内の電気を消すと、みんながつくったランタンが一斉に光り輝いて、とてもきれい。「この体験をきっかけに科学を好きになる子がいるんじゃないかな」と思える素敵な光景でした。