理系に興味ある女子中高生を「合宿」で支援--リカジョ賞受賞者に聞く 国立大学法人筑波大学 ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター 樋熊亜衣さん

第3回日産財団リカジョ賞 準グランプリ

「リケジョサイエンス合宿」

インタビュー:国立大学法人筑波大学 ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター ダイバーシティ担当ディレクター 樋熊亜衣さん
(実施日:2020年11月24日)

理系に興味ある女子中高生たちに対して理系選択を支援するには、本人たちに科学の魅力に触れたり、理系分野で活躍する女性の仕事を見たりする機会をあたえることのほか、保護者の方々や男子学生にも理解を深めてもらうことなど、さまざまなアプローチが考えられます。

これらのことを「合宿」のかたちで実行する取り組みがあります。国立大学法人筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターは2013年より2泊3日の「リケジョサイエンス合宿」を例年開催し、多くの女子中高生を支援しつづけてきました。また期間中のシンポジウムでは男子学生や保護者の参加をよびかけ理解の浸透を図るなどしています。

この取り組みに対し、日産財団は2020年度の第3回リカジョ賞で準グランプリを贈りました。100名を超える女子中学生・女子高校生を対象に2泊3日の合宿を継続しておこなってきた点や、プログラムの完成度が高い点などを評価してのものです。

プログラムの実行・推進役を担っている、ダイバーシティ担当ディレクターの樋熊亜衣さんに「リケジョサイエンス合宿」の内容や成果などをうかがいました。樋熊さんは、理系に興味をもつ参加者同士の交流が深まったり、その日の体験を振り返ることができるといった、合宿だからこそ得られる成果を語ります。

キャリア支援も含めダイバーシティを推進

――筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター(DACセンター)の役割についてうかがいます。

樋熊亜衣ダイバーシティ担当ディレクター(以下、役職称略) 筑波大学の在学生と教職員たち全員に、性別、国籍、障がいなどの属性に関係なく、個人としての能力を発揮していただけるようサポートしています。学生の卒業後のキャリア支援もおこなっている点には筑波大学の独自性があると考えています。

また、地域社会などとの連携を通じたダイバーシティ推進活動の戦略的展開も基本計画に掲げており、今回の「リケジョサイエンス合宿」のような学外の方々に向けてのダイバーシティ推進もおこなっています。

――樋熊さんはどのようなお仕事をされていますか。

樋熊 ダイバーシティ担当ディレクターという、教員と職員の中間的な専門性のある職です。筑波大学としてのダイバーシティ推進のための企画立案だけでなく、課題への取り組みのプロセスを考えることも担っています。

キャリア支援も含めダイバーシティを推進

樋熊亜衣さん。国立大学法人筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター・ダイバーシティ担当ディレクター。首都大学東京で非常勤講師を務めるなどし、2019年11月より現職。研究テーマは社会運動、女性運動、ジェンダーなど。博士(社会学)。

――今回の第3回リカジョ賞の対象となった「リケジョサイエンス合宿」はどのような経緯で企画されたのでしょうか。

樋熊 2013年に、私の3代前の担当者がスタートさせました。国立研究開発法人 科学技術振興機構の次世代人材育成事業の、「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」という女子中高生・女子学生の理工系分野への選択を支援する事業で採択されたことで企画したものです。

――「リケジョサイエンス合宿」のねらいはどういったものでしょうか。

樋熊 いまも依然として残る、理系女子へのネガティブなイメージを払拭し、理系進路への意識醸成をはかることにあります。

――ネガティブなイメージというのは、どういったものでしょうか。

女子中高生本人たちには「理系には興味あるけれど、本当に進路選択してよいのだろうか」「就職先として潰しがきかないのでは」と漠然と考えがちなところがあります。さらにまして、保護者のなかには「理系職に進んで結婚はできるのだろうか」「数学と就職は結びつくのだろうか」といった印象を抱いている方がいまもいます。「リケジョサイエンス合宿」を通じて、こうしたネガティブなイメージをすこしでも変えていただければという思いがあります。

合宿だからこその仲間づくりや振り返り

――2020年は新型コロナウイルスの影響で残念ながら中止とされたと聞きますが、2019年までの「合宿」の内容について、順を追って教えていただけますか。

樋熊 はい。2019年でいいますと、7月末から8月初旬にかけて2泊3日で105人の女子中高生たちが参加しておこないました。

1日目はまず「中高生理工系進学応援シンポジウム」を筑波大学内で実施しました。このシンポジウムについては、合宿に参加する女子学生だけでなく、男子学生や保護者のみなさんにも参
加していただくようにしています。基調講演を聞き、パネルディスカッションをおこない、その後は合宿参加者たちで企業所属の女性技術者・研究者を囲んでのラウンドテーブルカフェに臨む、と
いった内容です。

――男子や保護者も参加できるのですね。

樋熊 はい。2018年度から茨城県とつくば市との共催となり、男子学生や保護者が参加できるプログラムも1日目に行っています。また保護者については、お子さんの進路決定に大きな役
割を果たしますので、理系女子のことを知っていただくため保護者向けのセミナーも併催しています。

宿泊先での交流会・グループワークのようす。

1日目の「中高生理工系進学応援シンポジウム」(上)。また、社会人を囲んでのラウンドテーブルカフェなどもおこなった(下)。写真は2019年開催時のもの(写真提供:筑波大学DACセンター、以下も)。

――シンポジウム後はいかがでしょうか。

樋熊 合宿参加者たちが筑波山の付近にあるホテルに移動し、夕食後に交流会・グループワークに臨みます。「理系進学についてどんな考えや悩みをもっているか」といったテーマを設け、5人前後で話しあいます。

ふだんの生活では身のまわりに理系進学を考える女子学生は多くいませんが、この場ではおなじような関心をもてるので、ざっくばらんにうちとけます。筑波大学の学生や大学院生にも、身近な先輩役として加わってもらいます。

「サイエンス実験体験」のようす。2019年の合宿では、学内の12研究室を訪ねた。

――2日目のメニューはどういったものでしょうか。

樋熊 「サイエンス実験体験」がメインになります。大学の12研究室で実験体験をします。それぞれ希望する2つの研究室を午前・午後に訪ねます。中学校や高校での理科で学ぶようなことが、社会でどう役立つのかを体得できるようにといったねらいがあります。

――夜はやはり交流会・グループワークをおこないますか。

樋熊 はい。ホテルで、参加者それぞれがサイエンス実験で体験したことを振りかえり、グループメンバーたちとその体験や思いを共有します。日帰りの実験教室などでは、催しものが終わったら「あぁおもしかった」でおしまいとなってしまいがちですが、ホテルでみんなと1日を振りかえることができるのは合宿ならではのポイントだと考えています。

――3日目はどう過ごしますか。

樋熊 メインは午前中の「研究機関の見学体験」となります。つくば市内にある、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、森林研究・整備機構、そして筑波大学のグローバル教育院エンパワーメント情報学プログラムの4か所から、それぞれが希望の訪問先を選んで見学体験をします。

研究機関の見学体験」のようす。森林研究・整備機構(上)、宇宙航空研究開発機構(下左)、高エネルギー加速器研究機構(下中)、筑波大学のグローバル教育院エンパワーメント情報学プログラム(下右)を訪ねた。

各施設には、研究者や技術者はもちろん、それ以外の職員もいます。参加者たちはいろいろな人たちのはたらく姿を見られるので、その経験も将来のキャリア形成につながるものと捉えています。

その後、みんな大学に戻って最後に修了書授与式と集合写真撮影に臨み、解散となります。

地域のネットワークを活用し実施協力を得る

――学内の研究者や学外の研究機関からの協力もあるわけですね。どのように協力を得ているのでしょうか。

樋熊 学内では、次世代教育に注力している先生や、研究室に女子学生がすくないことに課題意識をもっている先生などに協力してもらっています。2019年まで7年間つづいてきたので、例年お願いしている先生たちの協力がベースとなります。

対外的には、つくば市内の研究機関、大学、企業などで構成される「つくば女性研究者支援協議会」というネットワークがあり、こちらのつながりに頼っているところはあります。「リケジョサイエンス合宿」もそうですが、イベントの際、参加者を招待するといったことをがしやすくなっています。

――それと合宿参加女子学生が2019年のときは105人だったそうですが、集めるのはたいへんではありませんでしたか。

樋熊 中学校や高校に向けてチラシを配ったり、ホームページで案内したりして、定員の100人を上まわる募集を得られました。また、仲間づれというよりは一人で参加する人が多かったですね。

リカジョ賞の準グランプリに選ばれたのは光栄なことです。ほかのリカジョ賞の受賞者みなさんの取り組みも参考になります」とオンライン取材で話す樋熊さん。

「仲間を見つけられた」との感想も

――参加者の女子学生のみなさんは「リケジョサイエンス合宿」でどんなことを得られていると考えていますか。

樋熊 ふだんの学校生活では、理系ということで一目置かれるような参加者は多いのだと思います。理系の進路を志したり、あるいは理系の進路で悩んだりしている参加者たちが、「おなじ考
えをもつ仲間を見つけられた」といったことをアンケートで書いてくれます。こうした言葉は、私どもとしてもうれしいですね。

ほかには、「学生・教員・技術者・研究者たちと話すなかで就職後のイメージがついた」とか、「学校で触れないようなことに触れられた」といった感想を寄せてくれる参加者もいます。

アンケートでは、約7割の参加者から進路選択の悩み・心配事が減ったとの回答が得られた。参加者からは「いろんな人の『なぜ理系に進んだのか』を知ることができた」「将来理系に進みたいという気持ちがより強くなった」などの感想も寄せられた(資料提供:筑波大学DACセンター)。

――取り組みの課題についてはいかがですか。

樋熊 規模が大きいので、いかに継続させていくかというのは大きな課題ですね。費用的な点と、人員的な点の両面があります。参加者の女子学生に近い立場の学生や院生をさらに巻き込むことなども考えています。

また、2020年は新型コロナウイルスの影響で、早い段階で中止の決定をせざるをえませんでした。今後、これまでどおりに開催できればとも思いますが、一方でオンライン開催だからこそ参加しやすいといった参加者の利点もあるとも思います。とはいえ、実験体験では自分で手を動かすことが大事なので、そのあたりをどうするかといった課題もあります。2泊3日でおこなっていたプログラムを柔軟に分けるといったことも視野に入れて、検討しているところです。

大人たちの理系観が子どもに影響

――理系に興味ある女子中高生みなさんをどう支援し、育成するのがよいと考えますか。

樋熊 小学校や中学校ぐらいまでの段階では、自分の興味あることを素直に受け入れ、やりたいことをやるという気持ちがあると思います。そうしたなかで、やはり大きな影響をあたえるのは大人たちの理系への見方や意見なんだと思います。子どもが「私は理系に進むんだ」と確固たる信念で突き進んでいくのは厳しいことです。

「理系選択は重い選択ではないよ」「どんな仕事に就くにしても、理系が好きというのは理由になるから」といったことが伝わるよう、ライトな感覚で進路選択できる環境をつくることが最善だと考えています。

――同様の取り組みをしている方々にメッセージをお願いします。

樋熊 私どもは合宿というものをメインにして取り組んできました。ただ、ほかのリカジョ賞の取り組みを拝見したりして、かならずしも大きな催しものを開くことが大事というわけではない気がしています。取り組みを継続していくのが重要だと思います。たとえば授業の1コマだけを使って取り組むなど、できることからこつこつとおこない、それを積み重ねていくことが大事なのだと思っています。