自然の素晴らしさを表現する子どもの育成を家庭とともに――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第35回)福島県いわき市立渡辺小学校


福島県立いわき市立渡辺小学校における生きものに直接ふれあう授業の実践。(画像提供:いわき市立渡辺小学校)

11学級以下で教育をする「小規模校」「過小規模校」に該当する小学校は全国でおよそ4割を占めます。今回は児童数のすくない学校の理科研究に着目します。いわき市立渡辺小学校は、理科教育助成による研究「自然の事物・現象から見出した問題を主体的に解決し、自然のすばらしさや命の尊さを表現できる子どもの育成」で、自然の豊かな周囲環境や児童数100人未満といった学校の特徴を生かし、自然のよさや命の尊さを表現できる子どもを育成してきました。この成果により同校は、第11回理科教育賞を受賞しています。校長の佐々木博之先生と教員の関口洋先生は、自然の豊かな地域でも学校が率先して子どもたちに動植物を触れさせることの意義や、家庭との連携を密にすることの重要性などを話します。

自然の豊かさと、地域のあたたかさと

――学校の特徴や周囲環境についてお聞きします。

佐々木博之校長先生(以下、敬称略) 当校は小規模校であり、2023年度、全学年とも単学級にて計86人の児童を教育しています。地域の環境は、田んぼや山が多くあり、川が近くに流れ、自然の豊かなところです。

 地域とともにある学校という特徴もあります。田んぼでのイネづくりなどの諸活動を、地域の方々に多くの協力を得ながら実践しています。私どもからの相談に対し、親身に応じていただけるなど、地域の協力で子どもたちが育ちやすい環境になっています。


佐々木博之校長先生。1989(平成元)年、福島県内の小学校で初任を迎える。以降、県内10小学校にて教員、教頭、校長を歴任。2022(令和4)年度より渡辺小学校校長。

それでも「不思議」と感じる機会が減っている

――「自然の事物・現象から見出した問題を主体的に解決し、自然のすばらしさや命の尊さを表現できる子どもの育成」という研究に取り組まれました。研究の背景についてお聞きします。

関口洋先生(以下、敬称略) 子どもたちが疑問に思ったことをすぐインターネットなどで調べられる状況となり、身近な自然の事象に目を向けて「不思議だな」と好奇心をふくらませる機会を減らしているという課題意識が当時の校長たちのあいだにあったと伺っています。そこで、当校の地の利を生かしつつ、自然のよさや命の尊さを感じとり、その経験を表現力に変換することをめざして、この研究テーマに行きついたと聞きます。

 表現力の向上をめざした背景として、単学級で幼少からおたがい知っており、言葉による表現でうまく伝わらない場合でもほかの子が理解できるため、自分の意見や考えをわかりやすく伝える表現力や発信力が十分に育ちづらいという実態があります。


関口洋先生。1992(平成4)年、いわき市内の小学校で初任を迎える。以後、主にいわき市立の小学校にて教員を歴任。2022(令和4)年より渡辺小学校に着任。

本物と触れ合う体験などの実践を展開

――研究の実践内容について伺います。

関口 一つ目に、全校サイエンス集会や授業におけるダイナミックでインパクトのある実験の実施がありました。大型空気砲で渦輪をつくったり、ドライアイスで過冷霧を見せたり、また太陽光集熱炉で水を沸騰させるといったものです。子どもたちは空気や熱の性質を感覚的に味わい、「空気はいろいろな形に変わる」「太陽の光の力はすごい」といった感動を表現していたと聞きます。

 研究期間終了後、コロナ禍などの影響でこうしたことをできていませんでしたが、このたび3年生「太陽の光を調べよう」で、太陽光集熱炉を使った実験を復活させようと考えています。


実践1 全校サイエンス集会や印象深い実験の演示。(画像提供:いわき市立渡辺小学校)

関口 また、二つ目として、本物と触れ合う直接体験を得るための実践もありました。3年生は、畑やビオトープで、季節ごとに移りかわる植栽や生物の姿を見ます。また高学年では、家に持ち帰ったメダカの卵を孵化させて、学習に活かすことができました。


実践2 動物と触れ合う直接体験の例。(画像提供:いわき市立渡辺小学校)

――かつては豊かな自然があれば、子どもたちは放課後などに自分たちで自然に親しむものでした。学校がそうした子どもたちの体験づくりに携わる意義はどういったものでしょう。

佐々木 身近な暮らしのなかに自然の生きものがたくさんあるのは、いまもかわりません。一方、放課後に習いごとがあったり、休日にスポーツクラブの練習があったりして、かつての私たちが得ていた自然に触れる体験ができなくなっている状況があります。

 都市部の学校の子どもたちにくらべると、当校にはカエル、バッタ、チョウの幼虫などを平気で触れる子どもは多くいます。とはいえ自然に接する機会がなく、そうした生きものに触れられない子も増えています。こうしたことから、学校で自然に触れさせることが重要と考えています。

 とはいえ、単元の時数は決まっていますし、生きものはその単元が終わっても育ちつづけます。そこで、子どもたちが継続して自然の生きものに触れられるよう、ご家庭との連携をはかりながら、学校で育てた昆虫などの生きものを家庭に持ち帰り、その後どう変化したかなどを継続的に追うことも重視しているわけです。

関口 さらに実践の三つ目として、ICT教育機器の活用がありました。生きもの成長において重要な瞬間を動画に撮るなどして、直接体験の補助とするものです。いまは、ICTの専門的知識をもつ「ICTサポーター」のしくみが市であり、当校でも授業づくりなどで頼りにしています。

 ほかに、学習環境の整備も実践としてあげられます。さきほどお話ししたビオトープを整備し、授業のほか課外活動でも子どもたちが自由に触れあう場所としました。また、体験コーナーを設置し、だれもが教材に触れあえるようにしました。


実践3 ICT教育機器の活用・実践4 学習環境の整備。(画像提供:いわき市立渡辺小学校)

低学年生に教える子や、学びを振り返る子が増えた

――成果について伺います。研究期間を通じ、子どもたちにどのような変化がありましたか。

関口 高学年生が低学年生に教材の使い方をアドバイスするといった交流がとくに多くなったと見ています。5、6年生が扱う心音器を低学年が使おうとするとき、「からだのここに当てるんだよ」と教えるなどしています。

 また、学習したことにもう一度、目を向けるような姿も見られます。「こうだったんだ」とあとで気づいたり、「つまりこういうことか」と一般化したりできる子が多いという印象です。ヘチマの受粉について学んだあと、「ほかの野菜もおなじなのかな」と考えたり、「メダカなどの動物ではどうなのかな」と問うたりすることができています。

 研究実施時期に、当時の先生たちが学校の環境のよさや改善点を話しあいで共有し、教育課程編成のとき各学年に、それらを組み込むようにしたと聞いています。

少人数の学校という特徴を生かす

――小規模学校であるという特徴を授業や研究に生かすことについて、お感じのことをお聞きします。

佐々木 ほかの小規模校もおなじと思いますが、子どもたち一人ひとりの特徴を理解しやすいという利点が当校にはあります。一人ひとりの好きなことや苦手なことを教員が把握し、指導にあたれるという点は大切だと思います。

関口 大規模な学校では先生が演示実験をするのみのところ、渡辺小学校ぐらいの人数であれば子どもたちがみずから実験教材を扱える機会が増えます。理科教育助成で購入した装置や機器などで、いまも充実した実験をおこなえています。

――家庭に協力を得るための連絡なども密にできそうですね。

佐々木 「学年だより」などのプリントで必要事項を伝えることのほか、ご家庭で子どもが取り組んだことを子どもに書かせ、それを学校に掲示する「トライカード」の実践もしています。それを見て、子どもが「自分も家でやってみよう」となることなどを通じて、学校と家庭のつながりがさらに太くなればよいと思っています。

――最後に、研究の成果を今後にどう生かしていくか、抱負をうかがいます。

佐々木 今回の研究では、子どもたちの興味を高めて学習意欲を起こすことを起点とし、身近な環境を活用していくという進め方でした。生きものの観察などを継続的におこなうため、ご家庭との連携が大切であることも感じます。

 この2023(令和5)年度、当校で、福島県小学校教育研究会の家庭科の公開授業をすることになりました。子どもたちが学校で調理方法などを学び、その成果をご家庭に還元するような状況をつくれるよう取り組んでいます。

 理科で得られたそのような成果を、ほかの教科にも広げ、子どもたちの興味をさらに高めるため、全教員で課題提示や導入のしかたなどを考えていければと思います。