災害から主体的に身を守る力を授業と訓練で養う――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第37回)福島県福島市立松陵中学校
松陵中学校での取材前の賞状・楯の授与。
学校での防災教育は、体系化が十分なされているとはいえず、各学校の裁量に委ねられているのが現状です。そうしたなか、防災教育のモデルとなるような研究成果が生まれています。福島県福島市立松陵中学校は、生徒たちに主体的に災害から身を守ることを想定した授業と避難訓練をおこない、災害時や日常において自らの判断で行動する力を養っています。同校は日産財団理科教育助成を活用したこの研究で、第13回理科教育賞を受賞しました。校長の阿部洋己先生と、理科教諭の早乙女まゆみ先生のお話は、「自ら考えて行動すること」の大切さを、あらためて感じさせてくださるものでした。
2025年度より9年制の義務教育学校に
――松陵中学校についてご紹介いただけますか。
阿部洋己校長先生(以下、敬称略) 当校は、旧松川町が福島市と合併する5年前の1963(昭和38)年、松川町立松川中学校として開校しました。さらに1964(昭和39)年、旧下川崎中学校を統合し、松陵中学校の校名となりました。学区は福島市の南端に位置し、吾妻山の山麓を含め広範囲にわたります。
校舎が建てられてから60年以上が経ちます。2011(平成23)年の東日本大震災では耐え抜いたものの、その後の調査では危険があると判断され、建てかえが市としての急務となっています。
そうした経緯がきっかけの一つとなり、2025(令和7)年度より、当校は学区内の3小学校とともに9年制の「松陵義務教育学校」になることが決まっています。
阿部洋己校長先生。福島県教育委員会で東日本大震災後の防災や放射線に関する学校教育の事業計画を主導。その後、震災の避難先となった双葉郡富岡町立富岡第一中学校校長(学校は富岡第二中学校とともに三春町に移転し、2022年度まで三春校として継続)。県教育委員会で県立ふたば未来学園中学校・高等学校の立ち上げなどに携わる。福島県立本宮高等学校の校長を経て、2021年度より現職。
災害関連の教育を改革し、主体的に判断・思考できる子どもの育成をめざす
――研究テーマ「災害から主体的に身を守ることができる資質能力の育成」について伺います。以前の防災教育の状況と、研究に取り組んだ経緯はどういったものでしたか。
阿部 以前は災害関連の理科教育や防災に向けた教育に、とくだん力を入れていたわけではありません。避難訓練もごく普通のものでした。
日ごろの授業に目を向けると、当校の子どもたちはまじめに学びに取り組みます。その反面、主体的に自分から進んでなにかに取り組むという部分には課題がありました。学んで身につけた力をもっと発揮できるのに、という思いはありました。
そこで、災害関連の理科教育や防災に向けた教育に手を加えることで、子どもたちが自分で主体的に判断したり思考したりできるようになってくれればと考えたのです。たとえば、理科で災害メカニズムの知識をベースに身につければ、災害が起きたときはもとより、なにか新たな場面に直面したとき、しっかりとした判断力や思考力で自分の行動をとれるようになると企図しました。
全体の計画については、「地震」「火災」「火山噴火」「放射線」といった大枠のテーマを私から出しましたが、理科でどのような内容を取り上げるかは理科の先生たちに考えてもらいました。
早乙女まゆみ先生(以下、敬称略) 2023(令和5)年度については、年4回おこなった避難訓練のタイミングに合わせ、防災と関連づけた理科の授業を設けることとしました。はじめは、どのような手だてで生徒に伝えるかで悩みましたが、「この地域に根ざした内容」といったことを考えていく起点の一つとしました。
早乙女(そおとめ)まゆみ先生。富岡第二中学校での理科教諭として勤務していた2011(平成23)年3月、学校が震災・原発で被災する。移転先の三春校で阿部先生と出会う。福島第二中学校での勤務を経て、2021(令和3)年度より松陵中学校に赴任。
早乙女 中学1年の理科には「火山」や「地震」の単元があるので、避難訓練より前のタイミングで授業をしました。2年生や3年生では、そうした単元で学んだことを深掘りし、「この地域ではどういう被害がありうるか」「想定以上の規模の噴火が起きたときどういう事態になりうるか」などを考えてみることとしました。
「指示に従って行動する」から「自主的に考えて対応する」へ
災害から主体的に身を守ることができる資質能力の育成。取り組みの全体像。(提供:福島市立松陵中学校)
――研究にあたり、二つの仮説を立て、それらを実証するかたちで実践をされたと聞きます。一つずつ内容を伺えればと思います。
阿部 一つ目は、「災害の仕組みやイメージをもたせる工夫を行えば、災害の科学的な知識や、どのように対応するかという基本的な知識・理解が深まるのではないか」という仮説です。
学校はよく子どもたちに、「避難するときは校内放送や先生たちの指示に従うように」と教えます。ところが、東日本大震災では、停電で放送を使えない事態も起きました。
そうでなく、状況に応じて、逃げるかそこにとどまるかの判断を含め、総合的に考えて行動をとれる子どもたちの姿をめざしました。そのためには科学的な知識を身につけることがベースになると考え、授業で災害のしくみやイメージをもたせようとしたのです。
早乙女 校長が紹介した仮説に対する実践として、理科の学びで災害に関する知識・理解が進むように工夫しました。たとえば、私は2年生の担当でしたが、「融雪火山泥流」のしくみを伝えるため、アイスで作った雪山を用意して山頂から溶岩や火山灰の代わりに熱した食塩を撒き、泥流の流れ方を示しました。また、土石流の流れ方を伝えるため、ココアの粉に水をかけて流れていくようすを示したりもしました。
研究の実践 内容1:理科、防災理科。(画像提供:福島市立松陵中学校)
早乙女 また、地震・火災については、どうしてしゃがみながら避難しなければならないかを理解してもらうため、空っぽの水槽に煙を入れて、どう動くか観察させました。煙はまっすぐ上昇し、天井に届いたあとは水平に移動します。生徒たちはこのようすを見て、「しゃがまないと煙を吸ってしまう」と思えたのではないでしょうか。
このように「実体あるもの」を見せたことの効果は大きかったと思います。今年度、べつの実験をしたとき、「防災理科」という言葉を示すと、イメージが記憶に残っていたのでしょう、「あ、アイスでやったあれね」といった反応が見られました。
――理科以外の授業でも実践されたことはありますか。
阿部 はい。たとえば、特別の教科 道徳では、「ふくしま道徳教育資料集」という教材を使用した授業があります。日本大学教授の渡邉真魚先生をお招きし、実施しました。
早乙女 総合的な学習の時間では、1年生が双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館を訪れ、震災学習をしました。2年生は、三春町のコミュタン福島(福島県環境創造センター交流棟)を訪ね、放射線についての学習をしました。事前に学校で、福島県立医科大学主任教授で、震災時・原発事故のとき医療支援もされた坪倉正治先生に講話していただいたので、生徒たちの理解は深まったと思います。
研究の実践 内容2:理科以外。(画像提供:福島市立松陵中学校)
よく考えるための紙面訓練、できるだけ現実に即した避難訓練
――もう一つの仮説と、それに対する実践内容をご紹介いただけますか。
阿部 二つ目の仮説は「実践的な避難訓練を行うことで、科学的理解に基づく判断力や行動力を養うことができるようになるのではないか」というものです。理科やそのほかの授業で身につけた判断や思考のベースを具現化する機会としての実践的な避難訓練が必要と考えました。子どもたちはその場で、自らの判断力による行動をとれれば自信につながりますし、定着もします。
早乙女 二つ目の仮説に対する実践は、自分で考え判断できる力を育てるための各種の避難訓練の実施です。
火災については、4月に「紙面訓練」をしました。校舎地図と起きている災害の状況を紙で示し、「あなたはこれからどう避難しますか」と問いかけるものです。班ごとに、答えをその理由とともに発表してもらいます。各担任は、最善と思える避難のしかたを心に留めておきますが、その答えどおりでなくても構いません。より大事なことは「考えること」と伝えました。
この紙面訓練を経験してから、地震・火災の実際的な避難訓練をしました。実践的な訓練にするねらいから、いつ、どこで出火するかを生徒にも、そして多くの先生にも伝えず実施しました。休み時間に大きな地震が起きたという想定とし、通常は避難経路となるところに障害物を置いたりしました。
研究の実践 内容3:避難訓練の実施。(画像提供:福島市立松陵中学校)
阿部 意図的に子どもたちの何人かに図書室にいるようにしてもらい、点呼のとき全員が揃わない状況をつくりだしたりもしました。勝手に探しにいっては危険なので、きちんと連絡をとりあえる手はずを考えなければなりません。子どもたちのためがメインでしたが、先生たちにも勉強になったと思います。今後に向け、さらにリアリティのある状況を用意することも大切と思います。
早乙女 ほかに、火山噴火避難訓練や、原子力災害を想定した保護者への引き渡し訓練もおこないました。
原因と結果の関係づけが根づいてきた
――取り組みの成果についてお聞きします。
早乙女 一つ目の仮説に対しては、アンケート結果から、火山噴火、地震、火災の三つの災害について、基本的な説明ができると肯定的に答えた生徒が増えました。原子力災害については、「放射線の種類や性質について説明できますか」などの問いに、「人に対して説明できる」や「自信はないが説明できそうだ」と答えた生徒が増えました。生徒たちの基礎的な知識の理解は増したと思います。
生徒たちに「こうなるからこれが起こる」といった原因と結果の関係を強く意識して考えさせてきたので、それがすこしずつ身についてきたのだと思います。理科などの教科でも、この成果がすこしずつ反映してきているように見受けられます。授業中、理由をもって考察をする生徒がより多く見られるようになりました。
二つ目の仮説については、避難訓練後の感想の記述から、生徒たちが友だちと考えを共有しながら新たな考えに気づくことができたことや、自分で考えて行動する必要性を感じることができたことを見てとることができました。さらに、こうした取り組みを地域に広げたいと書いた生徒もいました。すこしずつですが、災害への意識が変わってきているようです。
阿部 先生たちも、「全校でやっている」という意識で取り組んでくれるようになりました。理科の授業にとどまらず、全校的な避難訓練や、総合的な学習の時間も取り入れたことで、理科以外の先生にも気づきや学びがあり、意識が変わったのだと思います。先生たちのこうした変化は、子どもたちにも伝わるにちがいありません。
新たな学校でも取り組みを発展させたい
――松陵中学校は2024年度で閉校し、2025年度より義務教育学校に生まれかわります。未来の学校へ、研究の成果をどう生かしていけるとよいと考えていますか。
早乙女 新設の学校では探究的な活動に力を入れると聞きます。そうした活動の一つとして研究が生かされたらと思います。また、当校では生徒会活動をさかんにしてきました。今回の取り組みは、地域の方々とより深くつながっていける可能性のある活動だと思っています。
阿部 松陵中学校が取り組んだ生徒3学年の取り組みを、松陵義務教育学校では9学年に広げられます。対象学年を広げて、むりせず、でもしっかりと取り組み、それをくり返すことで、子どもたちの生きる力が身につけられる学校になっていけばと思います。
中学生たちは、義務教育学校で7・8・9年生という年長者の立場になります。今後は低学年担当の先生たちをサポートできるようになるような訓練のあり方も、学校として考えていけるものと思います。ほかの人のことも考えてどう行動するのが望ましいかを考えられるような子どもたちの姿に変わっていくといいなと思っています。