先生が「意識」をもって、子どもの「自らかかわり」「考えを深め合う」を引き出す――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第13回)神奈川県横浜市立三ツ沢小学校
授業や学校行事のなかで、自ら「なんでだろう」「こうしたい」と気づきややりたいことを得たり、「こう思うけれど、あなたはどう」「私はこう思う」と意見を交えたりする。子どもたちのそうした姿は、学びにおいてなにものにも代えがたいものがあります。
自発的に学ぼうとし、また積極的に考えを交わそうとする。そうした子どもたちの授業への向き合い方は、「先生たちが意図的に仕組む」ことで実現させることができるのかもしれません。
神奈川県横浜市立三ツ沢小学校では、子どもたちが学習に自らかかわり、ほかの子たちと考えを深め合うようになるため、先生たちが「場の設定の意識」を明確にもって単元への導入や授業での工夫をおこなっています。それは、子どもたちに「こうしましょう」とは言わず、子どもたちから「こうしたい」を引き出す実践活動といえます。
日産財団は、三ツ沢小学校のこの実践的な研究の取組を、2016年度理科教育助成で支援してまいりました。また、2019年度「第7回理科教育賞」では、同校のこの研究成果に対し「大賞」を贈っています。
今回、私たちは、三ツ沢小学校を率いる重田英明校長先生、理科の授業で取り組む林美貴子先生、それに生活科の授業で取り組む岡村佳織先生に、どのように子どもたちの中にある「自らかかわり」「考えを深め合う」を引き出しているのかを伺うことができました。
先生たちは、自分たちが「意識」して、子どもたちを誘っていくことの大切さを強調します。子どもたちが「自らかかわる」ことへ導いていくための意識。「考えを深め合う」ことを叶えるための意識。「生活科から理科へ」と学びをつなげるための意識。先生たちがもっているこれら「意識」の数々を聞いていきます。
横浜駅から1駅ながら自然は豊富
――まず重田校長先生に、三ツ沢小学校の特色についてお聞きします。
重田英明校長先生(以下、敬称略) 横浜市の小学校のなかでも児童数は800人を超え、多いほうです。横浜駅から地下鉄で1駅と、都会の近くにありますが、学校の裏手には三ツ沢せせらぎ緑道や豊顕寺(ぶげんじ)などの自然に親しめる場所も多くあります。そうしたなかで当校は約30年にわたりホタルの愛育活動に取り組んできました。また、飼育小屋ではクジャクの「ピースくん」も飼っています。生活科や理科の学びにつながる土壌は豊かだと思います。
重田英明校長先生。2019年4月に三ツ沢小学校に着任した。前任では中学校の校長もつとめた。教諭時代は体育を担当。
――子どもたちの傾向や学区の地域性についてはいかがですか。
重田 素直な子が多いと思います。ご家庭のみなさんが子どもを大切に育てていることが感じられます。
また、地域で学校へのサポートを手厚くしていただいています。「授業でこういうスペシャリストを招きたい」という要望が先生たちから上がったときは、地域の方に教室にきていただくこともよくあります。
「自らかかわり」と「考えを深め合う」は両輪の関係
――では、ここからは研究テーマについて林先生と岡村先生にもお聞きします。まず、「『自らかかわり』『考えを深め合う』子どもの姿を求めて 〜体験活動と言語活動が充実する単元づくりと授業づくり」というテーマは、どう定められたのでしょうか。
林美貴子先生(以下、敬称略) 「自らかかわり」を伸ばすための豊かな体験活動が、「考えを深め合う」を伸ばす豊かな言語活動を生むという考えに基づいています。この二つは、どちらが欠けても成り立たない両輪であると捉えています。私が着任するより前から、当校ではすでに同様のテーマで先生たちが取り組んでおられました。
林美貴子先生。横浜市立の小学校の教諭を歴任し、三ツ沢小学校には2014年に着任。6年生の担任をつとめる(取材時)。
――テーマにある「体験活動」と「言語活動」に注力する意義はどういったものでしょうか。
林「体験活動」については、子どもたちに、事象に対してわくわくする気持ちや知りたいという気持ちをつくってあげようという意識があり、重視しています。体験活動は、いわば単元の導入段階での「種まき」のようなものです。理科や生活科だけにかぎらず、学校行事やほかの教科のできごとも、理科や生活科のための体験活動になると考えています。
子どもたちはそれぞれにバックグラウンドをもっています。単元の導入のところで、おなじ土俵に立つことができるように体験活動を大切にしています。
――「言語活動」についてはいかがですか。
林 子どもたちは、考えを「深めて」はいるものの、考えを「深め合う」までは至っていないのではないかと教師たちは考えました。
個々で「自分はこう考えている」と話すだけでなく、「あの子はこう考えているんだな」「この子がこうすれば、こういう結果が得られそうだな」と、子どもたちが「相互理解」することが大切だと考えています。
さらに、お互いが意見を交換したり、感想を言い合ったりするなかで、「つまり、こういうことだよね」と考えをまとめていく「合意形成」の機会をつくることも大切だと考えています。
――「言語活動」を通じて「考えを深め合う」ために、「相互理解」や「合意形成」を重視されているということですね。「相互理解」や「合意形成」については、生活科の授業でも重視しているのですか。
岡村佳織先生(以下、敬称略) 生活科では、合意形成の場面はまだありませんが、相互理解をするための場面は多くあります。たとえば、動く車のおもちゃをつくるとき、となりのグループがゴムを使っているのを見て、「ゴムを使うと動きがこうなるのか」とか「ゴムを2本にするともっと強くなるのか」とか、それぞれが見合って理解を深めていくことはありますね。
岡村佳織先生。三ツ沢小学校が初任校で、2012年に着任した。2年生の担任をつとめている(取材時)。
学校行事や他教科も生かして「自らかかわり」を伸ばす
――研究テーマにある「自らかかわり」と「考えを深め合う」の二つについて、どう伸ばしてこられたのか、ここからは実践されてきたことをうかがいます。まず、子どもたちの「自らかかわり」を引き出すために、どのように取り組んでこられましたか。
林 やはり単元の導入段階での工夫をしました。教師が「これをしましょうね」と誘導的に言うのでなく、子どもたちが自ら「なんでこうなっているんだろう。調べてみたい」とか「やってみたい」という気持ちになるように導いていきます。
たとえば、社会科の授業では縄文時代について学びます。子どもたちは「昔の人たちは、麻綿で火を起こしたり、薪で火を燃やしたりして、すごいな」と興味をもっているようすでした。そこで、「みんなも火を起こすことができるかな?」と聞くと「やりたい!」と応えます。実際に、昔の方法で火を起こしてみると、子どもたちは驚きます。さらにそこから「なんで火がつくんだろう」「空気があるからじゃないかな」などと疑問がわいてきます。こうして、社会科での話題のなかから、理科への興味を沸き立たせて「自らかかわり」を強めていきました。
――「調べてみたい」「やってみたい」という気持ちなるように導くとのことですが、先生たちはは意図的にそれをおこなうのですか。
林 はい、意図的にです。理科にも生活科にも身につけるべき資質能力がありますから、それを身につけるためにどんな体験を生かすかを考え、逆算はしますね。
たとえば、授業以外にも学校行事にからめて「来週のこの行事のこの場面で、子どもたちは疑問をもつはず。だから、こう準備しておこう」といった具合に考えておくことはあります。
――生活科についてはいかがですか。
岡村 生活科も理科と基本的にはおなじ考え方でやっています。「こうしましょう」とは一切言いません。「子どもたち発信」で授業がつくられるように心がけてはいます。
ほかの教科の時間での体験で子どもたちが興味をもったことについて「じゃあ、生活科でもやってみようか」と言うことはありますね。
たとえば、1年生の生活科で「泥団子づくり」の授業をしました。その前段には、図画工作での「しぜんとなかよし」という、自然と触れ合う単元があり、「土」をメインに学習を進めました。幼稚園や保育園で泥団子づくりを経験している子どももいて、水をうまく混ぜてピカピカなだんごをつくります。それをみたほかの子が「どうやってつくるの。僕もやりたい」と興味を抱いていました。
1年の生活科での「泥団子づくり」の授業。図画工作の授業や、子どもたちの就学前の経験も踏まえて、授業を企画した。(写真提供:横浜市立三ツ沢小学校)
教師たちは「泥団子という学びの材にどんな価値があるか」「どんな気づきが生まれるだろうか」と考えて、「生活科も泥団子の題材でいけそうだ」となりました。それをきっかけに泥団子に関する絵本を読み聞かせしたり、学級文庫のなかに本をそっと忍ばせておいたりしました(笑)。こうして、教師は、子どもたちが自ら興味をもつための「しかけ」をします。そして「じゃあ、生活科で泥団子づくりをやってみようか」と展開していきます。
――重田校長先生は、「自らかかわり」を引き出すための活動をどうご覧になっていますか。
重田 理科や生活科にも学習指導要領があるわけですが、林先生や岡村先生が実践しているように、学習指導要領の内容と子どもたちの「必要感」をどう結びつけていくか。これは、まさに教師の仕事だと思っています。子どもたちが自らで「もっとやりたい」「うまくいかないのはなぜ」といったように、やることの「必要感」を抱いたとき、変わっていくものです。そこを追求していくことが、これからの授業のあり方なのだと思っています。
グラフづくりなどの場面設定で「考えを深め合う」を引き出す
――ではつぎに、「考えを深め合う」を引き出すための取り組みについてもお聞きします。
林 はい。以前も子どもたちが考えを深め合うような場面はありました。けれども、偶然のなりゆきでそうなって、教師たちが「あれはよかったね」と振り返るだけでした。そうでなく、子どもたちが「考えを深め合う」姿を明確に目指して、やはり意図的にその場面を設定することにしました。
たとえば、6年生理科の「人の体のつくりと働き」の単元では、日産財団の理科助成で購入した「パルスオキシメーター」という装置を使って子どもたちが脈拍などを測り、それをグラフにしてみんなで読み解くといった場面を設定しました。するとグラフを見合いながら子どもたちは「僕はこう捉えている」「それよりこうなんじゃないの」と、分析をしだしました。こうした場面が「考えを深め合う」機会となりました。
パルスオキシメーターで測った脈拍などの生体情報をグラフで表現させる。これにより「考えを深め合う」場面を設けた。(写真提供:横浜市立三ツ沢小学校)
ほかの単元でもいえることですが、グラフで表すことで、かならず子どもたちは「自分はこうなった」「あなたはどうだった」と分析しあうものです。このような「考えを深め合う」ための場面を意識的に設定することにより、子どもたちは思考を働かせて、おたがいの思考を共有しあうものだと考えています。
――生活科では「考えを深め合う」を引き出すような取り組みはありましたか。
岡村 生活科は低学年の教科のため、「考えを深め合う」のはまだむずかしいといえます。けれども「考えを深め合う」につながるようなことは意識的に仕組んできました。
たとえば、さきほどの泥団子づくりでは、「土と水をこうして混ぜるとぴかぴかしたおだんごができるよ」と教師が教えてしまえばそれで済んでしまいますが、そうでなく「土と砂とどっちが泥団子に向いているかな」とか「水はどのくらい混ぜたらいいかな」とか、子どもたちが自ら考えるための支援をするようにしました。それにより、子どもたちが自ら「土を使うと泥団子ができるんだ」「水でかたさを変えられるんだ」といったように、「材」との関わりをもつようになります。
そうなれば子どもたちは夢中になりますので、「友だちの泥だんごはどんなだろう」と見る気も起きてきます。それが「考えを深め合う」ことにつながっていくのだと思います。
――重田校長先生は、子どもたちの「考えを深め合う」を引き出すための先生たちの取り組みを、どう見てこられましたか。
重田 授業を見ての実感ですが、学年が高くなるにつれて自分の考えを言葉や絵で伝え合えるようになるのはたしかです。けれども、低学年の生活科の授業でも、子どもたちは泥団子をいじりながら、ほかの子たちと「つぶやき合っている」のです。「ぼくの、これ」「そうなんだ」と。そうした「つぶやき合い」も、「考えを深め合う」行為の自然な現れなのだろうと感じました。
子どもたちは、もともと「考えを深め合う」ような性質をもっているのではないでしょうか。それをいかに教師が気づいて、引き出してあげるかが大切なのだと思います。
学年間の授業のつながりも意識
――生活科と理科を通じての「学年間の授業のつながり」も意識されてきたと聞きます。
林 はい。子どもたちは授業を通じて豊かな体験をし、たくさんの根拠をもち、感受性も育みます。そうして子どもたちが培ったものを、「問題解決をする」「生活に生かす」といった目標のもと、「学年を超えてつなげていくこと」が大切だと思い、それも明確に意図してきました。
学年間のつながりは、以前から「あたりまえ」と思ってやってきていましたが、あらためて教師たちが「つながりに価値を置いて、確実にやっていきましょう」と考えたのです。
――「学年間の授業のつながり」の事例には、どういったものがありますか。
林 たとえば、岡村先生が紹介した生活科の泥団子づくりで、子どもたちは「土に水がどのようにしみ込むか」を体験をもって理解します。その体験があるため、4年生になってからの理科で「雨水の行方」を学ぶとき、子どもたちは「加える水の量や土の粒の大きさで、土への水のしみこみ方がちがってくる」といったことをすぐに理解することができます。こうした「つながり」の意識を、教師たちも共有するようにしています。
学年間でのつながりの意識。見方・考え方に生かせるように、意図的に働きかけの場を設定した。(写真提供:横浜市立三ツ沢小学校)
さらに、多くの子どもたちが卒業後に進む近隣の松本中学校とも連携し、同校の先生たちに「乗り入れ授業」として中学の数学と理科の授業をしていただいたこともあります。ています。また、小学校入学前に子どもたちが過ごす地域の幼稚園や保育園との交流もしています。
教師の見取りがていねいに。子どもたちには自発性が
――今回の研究を通じての「成果」をどう捉えていますか。
林 支援することによって子どもたちの資質能力が身につくような場面で、教師たちは「見取り」をていねいにできるようになってきたと思います。たとえば、子どもたちが見方や考え方をはたらかせて問題解決をしようとしている様子を教師が捉え、「表でまとめてみたら」とちょっとしたアドバイスをする。そうしたことができるようになってきたと思います。
三ツ沢小学校は2015年の「第3回理科教育賞」でも理科教育賞を受賞している。その際の研究テーマも「『自らかかわり』『考えを深め合う』子どもの姿を求めて」。この課題に向き合いつづけながら、研究内容を発展させている。
――子どもたちの「自らかかわり」と「考えを深め合い」の伸び具合はどう感じていますか。
林 子どもたちは、自分の考えた方法で実験をするので、「やってみたらこうなったんです」「おかしくないですか」「もう一回やっていいですか」といったように、検証したいという思いが現れてきていると思います。
また、6年生に対して感じることですが、相互理解や合意形成の場面を意図して確保することで、「ちょっと待てよ」「ちがう見方もあるかもしれない」と考える姿も見られます。自分たちの生活や学びのなかで生かせるようなことも出てきたのではないかと思います。
――生活科での成果はいかがですか。
岡村 生活科も教師が「この子はどんな考えをもっているのだろう」と寄り添って考えることを心がけてきました。声かけのしかたなどによって、子どもたちが安心して発言するような雰囲気づくりは大切だと思っています。
子どもたちは生活科で自ら「遊ぶ」なかで、いろいろな気づきや学びをしています。「自らかかわり、学んでいる」という姿勢は確実に見えてきたと実感しています。
教科間のつながりをさらに深める……持続可能性も意識しつつ
――今回の研究の成果を、今後にどう活かしていきたいと考えておられますか。
林 積み重ねてきたものを大切にしたいという思いはあります。さらに、子どもたちが「理科や生活科で学んだことが、ほかのことでも生きてくるんだ」「ほかの教科で習ったことが理科や生活科にも活かせるんだ」と思えるよう、学びにおけるつながりをさらに意識し、深めていければと考えています。
岡村 生活科のいちばんのゴールは「生活を豊かにする」ことにあります。生活科で自らかかわったものごとは、その後ずっとのこっていくものだと思います。入学後の2年間で終わりということでなく、これからも活かされるものとして、根付くような学習を子どもたちにあたえていければと思っています。
重田 子どもたち一人ひとりをどう理解していくか。当校の先生たちはそこに熱心に取り組んできました。そうしたなかで授業を受けてこられたことが、子どもたちにとっての成果だと思います。今回の取組を通して、得られたことをぜひ継続してもらいたいと期待しています。
ただし、先生たちががんばりすぎて、続かなくなってしまうのも子どもたちにとっては不幸なことです。学校における「働き方改革」も叫ばれています。持続可能な取組のしかたが、今後はより大事になってくるとも考えています。