子どもたちみんなが「自分事」と思える授業を工夫してつくる――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第11回)福島県いわき市立小名浜第一小学校


左から、小名浜第一小学校教諭の青木祐造先生と、校長の坂本貴洋先生。右は日産財団スタッフ

 いま、取り組んでいることが「自分に関わること」だと感じるか、「自分でなく他人のこと」だと感じるか。その感じ方のちがいにより、取り組んでいることへの集中のしかたも、そこから得られる学びの量や質も、大きくちがってくるものです。これは、大人にも子どもにも普遍的なことでしょう。

 学校の授業では、先生が、できるだけ多くの子どもたちに「いまやっているこの授業は、自分に関わることなんだ」と感じさせるように導くことが大切となります。一人ひとりが、「自分事」と感じられれば、強い興味・関心をもって授業に臨むようになり、その結果、思考力や判断力などが高まるからです。

 子どもたちに教える理科の授業を、子どもたちの「自分事」にさせる数々の工夫をおこない、成果を上げている学校があります。福島県いわき市立小名浜第一小学校は、「科学的な思考力・判断力を高める理科学習指導の工夫」という研究において、理科の授業の随所に工夫を凝らし、子どもたちに理科の授業を「自分事」と感じさせることに挑みつづけてきました。日産財団は、2019年度「第7回理科敎育賞」で、同校のそうした実践に対し、賞を贈りました。

 今回の取材では、同校の青木祐造先生から「ズレを生み出す」「思考の流れを見える化する」「方法別に実験グループを組む」などの、どの学校でも取り組めるような工夫の実践例を紹介していただきました。おなじく坂本貴洋校長先生からは、理科での研究成果を、さらに多方面に活かしていきたいとの抱負をうかがいました。

2006年度から理科教育の研究を本格的に開始

――はじめに先生方の敎育の歩みについてお聞きします。

坂本貴洋校長先生(以下、敬称略) 私自身がいわき市で生まれ、育ってきました。敎育歴は2019年で36年目となります。校長職は、福島県内の桑折町立伊達崎小学校で3年つとめ、その後、県教育委員会での職を経て、2019(平成31)年4月より小名浜第一小学校の校長となりました。

――小名浜第一小学校の特色や、大切にしていることはどんなことですか。

坂本 小名浜地区の中心的な学校だと考えています。いわき市内では、小名浜は平についで大きな地区です。水産業や工業がさかんで、これらの産業に携わるご家庭は多くおられます。「地域に開かれた学校づくりに努めます」を、学校教育目標の土台にしています。地域の方々のお力もいただきながら、子どもたちを、地域の産業をさらに発展させるような人に育てていければと考えています。


「漁業がさかんだった時期には、1学年に1000人以上の児童がいた」と坂本校長先生。

――青木先生のキャリアも伺います。

青木祐造先生(同) 福島大学を卒業して県内の公立小学校の教諭となりました。2019年で27年目となりました。小名浜第一小学校は5年目となります。授業ではどの教科も担当しています。


理科教育賞のプレゼンテーションのときと同様、はきはきとお話しする青木先生。

――小名浜第一小学校では、理科や理科との関わりのある教育に以前から力を入れてきたと聞きます。

青木 はい。本校では、理科教育を専門とする校長や教頭が歴代に多く、2006(平成18)年度から理科教育の研究を本格的に始めました。翌年の2007(平成19)年度からは、理科と総合的な学習の時間を中心に「エネエルギー教育」にも取り組み、また2014(平成26)年度からは「放射線教育」も始めています。さらに、2020年度から必修となるプログラミング教育も、すでに2015(平成27)年度から取り組んでいます。

――そうしたご注力があったうえで、日産財団の理科教育助成を活用されたのですね。

青木 はい。日産財団の理科教育助成は、田村尚先生が校長だった2014年度から活用させていただいています。


小名浜第一小学校での理数関連の取り組みの歩みが書かれている。

「理科の授業そのものを見つめよう」

――ここからは2016・2017年度の日産財団理科教育助成で御校が取り組み、日産財団理科教育賞にも輝いたご研究「科学的な思考力・判断力を高める理科学習指導の工夫」について、青木先生にうかがっていきます。まず、研究仮説として「理科の授業を『① 事象提示』『② 予想を立てる場面における言語活動』『③ 観察・実験の仕方』『④ 考察する場面における言語活動』の4つの視点から見直せば、科学的な思考力・判断力をさらに高めていくことができるであろう」というものを立てたと聞きます。

青木 はい、そうです。前の研究主任だった田中先生を中心に立てたものですが、「領域を狭めず、理科の授業そのものを見つめよう」というシンプルな考えのもと、理科教育全般を対象に取り組むことにしました。

――①から④に共通して、とくにめざしたことはありますか。

青木 授業を子どもたちに「他人事」でなく「自分事」と感じてもらうということです。「自分事」になってこそ、授業で学んだことは色褪せない記憶になりますし、「自分の知識にしたい」という姿勢にもつながるからです。

事象提示で「ズレ」を生み出し「自分事」に

――では、「① 事象提示」から順に、「自分事」にさせるための授業の工夫の例をうかがいます。事象提示は、単元のはじめに、子どもたちに身近な事象や現象を示して、疑問を抱かせることを指しますね。この段階では、どのような工夫をされましたか。

青木 4年生担任の今井先生がおこなった「物の体積と温度」の授業での、子どもたちの「ズレ」を生み出すための工夫を紹介したいと思います。

――「ズレ」ですか。

青木 はい。自分の考えと事象のあいだや、自分の考えと友だちの考えのあいだに「ズレ」が生じることは、「なぜ」「どうして」「調べたい」「確かめたい」といった気持ちを高める、つまり授業を「自分事」に捉えるためのきっかけになります。

 まず先生が、先端の口に球を載せたフラスコを温めると球が飛ぶことを演示します。これが事象提示に当たります。

 ここまではよくある方法ですが、事象提示のあと、子どもたちがグループに分かれて「自由試行」をします。そして、一人ひとりが自由試行により抱いた疑問を付箋紙に書いていき、先生が疑問を種類ごとにグルーピングしていきます。

 これにより、自分の考えと友だちの考えには「ズレ」があることがわかるとともに、自分が抱いた疑問をより「自分事」と捉えられるようになります。

 このグルーピングの作業は、のちほどの「③観察・実験の仕方」の工夫にもつながっていきます。


「事象提示」での授業の進め方。事象提示 → 自由試行 → 疑問の付箋紙記入・グルーピングと進める。疑問のグルーピングでは、
・「フラスコやペットボトルをおゆにつけると、なぜ玉が飛ぶのだろう」
・「空気は温まるとどうなるかな」
・「どうして水を冷やしたあとだと玉がよく飛ぶのかな」
・「フラスコとペットボトルでは飛びかたにちがいがあるな」
などに分けた。

表とネームプレートで「思考の流れ」を見える化

――つぎに、「② 予想を立てる場面における言語活動」での授業の工夫についてうかがいます。この段階では、自分の考えを明確にさせることがねらいのひとつだったそうですね。

青木 はい。これについては、筑波大学附属小学校から出前授業でおこしいただいた佐々木昭弘先生から多くのことを学び、私たちの授業実践にも活用させていただきました。

 いま私たちも通常の授業でおこなっていますが、佐々木先生は「コミットメント表」と「ネームプレート」を効果的に活用されていました。

 コミットメント表は、たとえば「ミョウバンが溶けている」「溶けていない」といったように、子どもたちの考えることを黒板に書いたものです。そして、子どもたちは、自分は「溶けている」と思ったら、マグネットシールでできた自分のネームプレートを「溶けている」のほうに貼ります。「溶けていない」と思ったら「溶けていない」のほうに貼ります。

 そうして授業が進むうちに、自分の考えを変える子も現れます。すると、その子がネームプレートを移したのを見て、佐々木先生はその子を意図的に指名し「なぜ考えが変わったのかな」と問いかけます。これにより、その子のアップデートされた考えを引きだすことができるわけです。

 また、自信なさそうにネームプレートを貼る子もいます。そうした子も意図的に指名して、考えを言ってもらっていました。その後、実験を進め「こんな結果になったけれど、さっきの誰々くんの言ったことについて、付け加えて説明してくれる人はいるかな」と、ほかの子たちに「助け」となるような発言を促します。こうして発言をつなげていくわけです。

――そうして子どもたちから発言を引きだす行為も、やはり授業を「自分事」にすることに効果的なわけですね。

青木 はい、そう思います。

 佐々木先生はほかに、子どもたちを先生の前に集めて話されたり、座席に座ることなく立ったままの授業を貫いたりもされていました。そのほうが「傍観者」が生じにくいからとのことです。これも「自分事」につながること。佐々木先生の授業を拝見して、なるほどと思いました。


筑波大学附属小学校の佐々木昭弘先生を招いての授業。(左)黒板にコミットメント表を書き、子どもたちが自分の考えをネームプレート(または番号プレート)を貼って表明。(右)子どもたちを前に集めて「自分事」の雰囲気をつくりだす。

自分が抱いた疑問を解くための実験をする

――つぎに、「③ 観察・実験の仕方」について伺います。どんな工夫をしましたか。

青木 ひとつ挙げると、「方法別実験グループの編成」をおこないました。「① 事象提示」では、子どもたちそれぞれがもった疑問をグルーピングしたと話しましたが、それにより子どもたちはみんな「自分事」の課題をもつ状態になったわけです。そこで、実験では、一律におなじ内容のことをするのでなく、「その子の疑問や課題を解くための実験」を、おなじ疑問をもったグループ単位でするようにしたのです。

 たとえば、「① 事象提示」で紹介した「物の体積と温度」の授業では、今井先生が導いて、「しゃぼん液グループ」「上下へこませペットボトルグループ」「ピンポン球グループ」「手ぶくろグループ」「ドライヤーグループ」の計5つのグループでそれぞれ別の実験をおこないました。


方法別実験グループを編成して臨んだ実験。

――そうすることで「自分にとっての疑問」を解くための実験に臨めるわけですね。

青木 そのとおりです。ただし、子どもたちの思いや願いを引き出しつつも、「理科のフレームに入らないような実験」はしないように誘導することも大切です。フレームに入っていないと判断したときは、「みんな、このグループはこんな実験をすると言っているけれど、どうかな」などと投げかけて、知識のある子どもに「それは実験しなくてもこうなるんじゃないですか」と言ってもらうなどします。

 一方で、失敗に終わるだろうことは明らかでも、その失敗が価値ある経験になりそうであれば、あえてその実験をさせることもあります。

iPadで考察の表現活動を深め合う

――「④ 考察する場面での表現活動」での工夫は、いかがでしたでしょうか。

青木 私のクラスの6年生の「てこのはたらき」の授業でおこなったものを紹介します。

 日産財団の理科教育助成により購入したiPadを使って、てこの実験で天秤棒が水平につりあうときの決まりを理解し、それをほかのグループに伝えるための映像をグループごとにつくりました。

 天秤棒がつりあうときの2つの錘の位置を「1と6」「6と1」などと伝えるわけですが、子どもたちから「ほかにもつりあう組み合わせも示すほうが、みんなにわかってもらえるんじゃないの」といった声も上がり、話し合う姿が見られました。

 iPadを使うことは、子どもたちが自分の学んだことを表現するうえで有用ですし、グループでの話し合いも活発になります。また、ほかのグループの映像を見ることによって、あらためて自分たちの学んだことを深めることもできます。


(左)「てこのはたらき」の授業にて、実験結果をほかのグループに説明するための動画づくり。(右)ほかの授業でも、実験などを撮影し、映像を繰り返し見て話し合いを深めるなど、iPadが活用されている。

――いまの子供たちは「動画世代」ですから、映像に親しみもあるでしょうね。

青木 はい。映像をつくったり見たりするときは、とても集中しています。とくに自分たちのつくった映像は食い入るように見ています。ふだんとちがって「はい、静かにね」などと言わなくても済むくらいです(笑)。

「一粒万倍」の原点としての理科教育


研究での成果をどう発展させ、活かしていくか。今後に向けての抱負を語る先生たち。

――今回の研究では、どのような成果を得られましたか。

青木 2017年度の始めの4月と終わりの2月に、子どもたちにアンケートをとりました。「理科の授業の中で不思議(問題)を見つけることができる」の率が、52%から61%に上がりました。「理科の授業で話し合うと分かる」も73%から79%になりました。

 さらに、「観察や実験が好き」が94%から96%となりました。この項目は、過去5年にわたり90%を切ったことがなく、非常に高いレベルを保てています。これが、なによりの成果です。

 中学校に進んでも、理科嫌いにならないための素地はつくれたのではないかと思います。

――これまでの研究を今後どのように発展させていきますか。

青木 思考力、判断力、そして今後は表現力も一体で考えて、「小名浜第一小学校の理科教育・学習のスタイル」を確立していければと考えています。そのためには、これからも「授業での実践」を大切にしていく必要があります。どの教科もそうですが、子どもたちが見方や考え方をはたらかせて学習に取り組んでいくことを中心に据え、そのための準備をしっかりしていかなければと考えています。

――坂本校長先生にも伺います。今回の研究成果を、どのように学校活動に活かしていきたいとお考えですか。

坂本 歴代の校長や教頭をふくめ小名浜第一小学校の先生たちが培ってきた理科教育を原点にして、さまざまな面で子どもたちの学力を高めていきたいと考えています。

 赴任したとき、先生たちに伝えた言葉は「一粒万倍」でした。ひとつぶの籾をまけば、万倍の米になるという意味です。同様に「理科」というひとつの教科への取り組みをつづけることで、ほかの多くの教科の力もついてくるものだと考えています。たとえば、理科での「表現活動」に取り組めば、そこでの学びが国語の力にもつながるといった具合にです。

 理科室の黒板の上には「なぜ?」という言葉が掲げてあるんです。授業に臨むときは、つねに子どもたちに「なぜなんだろう」という疑問の心をもってもらいたい。興味・関心をもてれば、探究心も深まっていきますから。

 小学校では、先生が「その授業」をするのは年に一度だけです。「真剣勝負でやってきましょう」と先生たちには伝えています。そして、それに応えていただいています。

●コラム:さらなる理科の授業の工夫も


(左)iPadを使っての「流れる水のはたらき」の授業。5年生。(右)部屋を暗くしての「太陽とかげの働きを調べよう」の授業。3年生。

 今回の記事で紹介してもらった以外にも、小名浜第一小学校の先生たちは、さまざまな授業の工夫を積み重ねているようです。青木先生に紹介していただきました。

 5年生の「流れる水のはたらき」では、「演繹的な問題解決の学習スタイル」を試みたとのこと。単元のはじめに「浸食作用」「運搬作用」「堆積作用」という水の3つのはたらきを学習したうえで、「航空写真で映された川」という事象を提示し、写真に写った川はどちらの方向に流れているかを考える、という手順で授業を進めたそうです。また、この授業でも活躍したのがiPad。画面に映した航空写真を指でズームイン・ズームアウトしながら、目印をつけたり線を引いたりして、おたがいの考えを話し合ったそうです。

 また、3年生の「太陽とかげの働きを調べよう」では、観察の結果を実験を通して確認するという、観察と実験の融合的な授業をおこなったとのこと。教室を遮光して暗くし、ペンライトの明かりを日光に見立てて、観察した影の長さと重なるように光を当て、重なった位置に印をつけ、太陽の位置を捉えられるようにしたそうです。初年度は、遮光カーテンが備品としてなかったため、先生たちが協力してダンボールを窓に貼り付けていったのだそう。先生たちのチームワークも感じられます。