ビジョンあるICT活用で子どもたちの理科への理解や興味を高める――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第9回)福島県浪江町立浪江中学校
元浪江町立浪江中学校の門馬徳夫先生。いまの門馬先生の赴任先である相馬市立向陽中学校で取材しました。
情報通信技術(ICT:Information Communication Technology)を使った授業は、これからの学校教育でより充実がはかられていくことでしょう。
日産財団の理科教育助成では、「ICT機器を利用した学び合い」をテーマに研究をおこない、「授業がわかる」「授業が楽しい」といった子どもたちの実感を得られた事例があります。福島県浪江町立浪江中学校は、東日本大震災の影響もあり、学力の維持・向上が課題となるなか、ICT機器の導入・駆使することで、大多数の生徒から、理科が「分かりやすい」「楽しい」という実感を得ました。同校はこの研究により、日産財団主催「第6回理科教育賞」の受賞校にもなっています。
今回、私たちはこの研究に積極的にとりくんだ教員の一人、元浪江中学校教諭の門馬徳夫先生に、実際どのようにICTを使って授業をおこなったのかを具体的に伺うことにしました。門馬先生は教師がICTを使う上での「ビジョン」をもってとりくむことが大切と強調します。ICTを使って授業をおこなう際のモデルとなるような授業案も、門馬先生にご提供いただきました。ぜひ、ご参考になればと思います。
「子どもたちを理科好きにさせてあげたい」
――門馬先生は、福島県内の公立中学校の理科教員を長らくつとめており、2009年度から2018年度までの10年間は浪江中学校に赴任されていました。これまでの歩みを聞かせていただけますか。
門馬徳夫先生(以下、敬称略) 教師という職業を意識したのは大学生時代でした。福島大学の教育学部4年生のとき、母校で教育実習に臨み「教員もおもしろいな」と感じ、採用試験を受けました。採用はされませんでしたが、大学卒業後は郡山市内の郡山第五中学校の理科講師となり、そこでも素晴らしい先生たちに出会い「理科の教員になりたい」と強く思いました。大学卒業から2年後、採用試験に合格し、その後は福島県内の中学校を複数めぐりました。途中、福島大学の大学院で2年間、学びもしました。
浪江中学校に赴任したのは、教員18年目の2009年でした。浪江中学校には10年間つとめることになりました。
震災・原発事故の前まで授業がおこなわれていた浪江町内の浪江中学校。(写真提供:福島県浪江町)
――2011年3月に東日本大震災が起き、浪江中学校は福島第一原発事故の深刻な影響も受けたと聞きます。学校や生徒たちの状況はどうなりましたか。
門馬 震災・原発事故から約5か月後の8月に、浪江中学校自体が二本松市内に移り、そちらで授業を再開しました。けれども震災前に398人いた生徒の数は、大きく減っていきました。2017年には全校生徒9名のとても小さな学校になってしまいました。
生徒がすくないと、出される意見もすくなくなり、どうしても授業の盛り上がりが欠けてしまいます。それに、たまたまですが、理科がさほど得意といえない子も多くいました。みんな、まじめに取り組みますが、科学的思考や処理に対する苦手意識はありました。「子どもたちを理科好きにさせてあげたい」と思っていました。
子どもたちの飲みこみは早かった
――そうしたなか、門馬先生たち浪江中学校のみなさんは、日産財団の理科教育助成も活用し、「ICT機器を利用した学び合い」を実践してこられました(助成時の研究テーマ名は「アクティブ・ラーニングによる理科好きな生徒を育てる授業」)。まず、この研究につながるような、門馬先生のキャリアがありましたらお聞きします。
門馬 大学生時代、FORTRANやCOBOLといったコンピュータ言語を学んだり、NECや富士通の初期のパーソナルコンピュータを扱っていたりはしました。卒業研究のテーマも、振り子の振動をセンサで感知し、その時間をパソコンで計測する教材の開発についてでした。教員になってからも、パソコンを子どもたちに使わせて授業をするといった経験はありました。
――実際、今回の研究を、どのようにして始められたのでしょうか。
門馬 当時の校長先生から「日産財団の理科教育助成という制度がある。やってみないか」とおっしゃっていただきました。ただ、お話を受けた直後は「理科が苦手な子どもたちも多い。だからICTを使った学びもうまくいかないのでは」などと、私自身がためらっていたのです。
けれども、「ふるさと創造学」教員研修会といった会に参加したりして、さまざまな先生たちからの刺激も受けるなか、「できない理由を探すより、できるようになれる理由を探したほうがよいのでは」と気づいたのです。
そこで、過去にべつの学校で子どもたちに「おもしろい」「わかりやすい」と言ってもらえた授業を思い出しながら、浪江中学校の生徒たちにも理科でICTを活用することにしたのです。生徒数がすくないため、ICT教材を1人1台使えるという利点もありました。
――ICT機器として、iPadやパソコンを揃えたと聞いています。いっぽう、教材の中身となるソフトフェアの準備や、記録したデータの管理などは、どのようにされましたか。
門馬 教材となるようなアプリは、無料で使えるものもふくめ、けっこう探せばあるものです。必要によってそれらを使いました。もともとiPadに備わっている撮影機能なども駆使しました。
データ管理については、福島県の公立学校で全県的に導入していたグーグルのクラウドサービスを使いました。動画データなどをiPadに保存するとすぐに一杯になってしまいますが、グーグルのクラウドになら無制限で入れることができます。この点は大きかったですね。
――子どもたちは授業では初めてICTを使うことになったと思います。すぐに使えるようになりましたか。
門馬 はい。たしかに、研究のとりくみ当初の3年生たちには、学校でICT教材を使うという経験はありませんでした。そこで、iPadを使うための全校生徒対象の講習会もおこないました。子どもたちは飲みこみが早く、すぐに使えるようになりました。
「台車運動の可視化」や「イオンの運動のアニメーション化」をICTで
――では、門馬先生が実際にICTを使っておこなった授業の事例をご紹介いただけますでしょうか。
門馬 わかりました。一つは、中学3年生対象の「台車運動の可視化」です(門馬先生ご提供の授業案はこちらです)。等加速度運動に則って斜面を移動していく台車を、子どもたちにiPadの撮影機能でコマ撮りさせました。「台車が加速していくことを子どもたちにわかりやすく提示したい」というねらいがありました。
(上)台車の運動の授業にとりくむ生徒たち。(下)iPadの撮影機能を使って、動く台車をコマ撮りし、等加速度運動を可視化した。
――もう一つ、効果的だった事例を挙げていただくと、いかがでしょうか。
門馬 こちらも3年生対象ですが、「イオンの運動のアニメーション化」をICTも使っておこないました(門馬先生ご提供の授業案はこちらです)。BTB溶液の色が変化していく様子を、ホワイトボードに描いたり、マグネットを使ったりしてモデルで表現し、生徒たちの理解度を高めようとしました。すこしずつ、電子などの要素を動かしては写真を撮り、動かしては写真を撮りをくりかえします。その画像を連続的に見ると、ちょうどぱらぱら漫画のようになるわけです。
ただし、子どもたちがつくるモデルは科学的に正しくない点も生じえます。そこで、まず、教科書やノートの内容を確認させながら、私自身がつくったモデルを示しました。それを子どもたちが参考にしながら、アニメーション化していく、といった手順にしました。
イオンの運動についての授業に臨む3年生たち。
門馬先生が生徒たちに示したイオンの運動のモデル。実際の動画をこちらでご覧いただけます。
「わかりやすい」「理科が好き」と子どもたちが実感
――ご紹介いただいたようなICTを使っての授業をおこなってみての成果を、いま、どのように感じていますか。
門馬 「授業がわかりやすい」という感想は子どもたちから得られた点は成果だったと思います。とくに、実験の途中段階などをぱっと撮ってリアルタイムにディスプレイに示せた点などは、子どもたちにわかりやすかったようです。
授業をする前は「ICT機器を使うのが子どもたちの負担になったり、時間ばかかりかかったりしないだろうか」という心配はありました。でも、子どもたちは使うほど慣れるものだと思いました。
――当初の「子どもたちに理科を好きにさせてあげたい」という目標に対する成果はどうでしたか。
門馬 子どもたちは、普段の進め方でおこなう授業があるなか、ICTを使う授業は「特別な授業」という感覚をもつようです。その点では特別な授業におもしろさを感じているようではありました。本当に理科が好きになったのかという点は、ややクエスチョンもありますが、ICTを使えば実験や観察を興味をもって臨めるようになるというのはまちがいないと思います。
浪江中学校が生徒を対象に実施したアンケートの結果。助成研究期間の2016年度に実施したもの。同年度の生徒数は17名。(参考:同校による2018年7月の成果発表資料をもとに作成)
先生は「どうICTを使うか」のビジョンをもって
――逆に、ICTを使った授業で感じられた課題はありますか。
門馬 教師が「ビジョン」つまり、どこでどのようにICTを使うかの構想をもってとりくまないと失敗もありうるということを感じました。ちょっとした記録の道具などに使うだけならよいですが、たとえば計測器として実験処理の手段として使うようなときは、使う目的や意義を教師がしっかり計画しておかないと、かえってじゃまになってしまうこともあるということです。
こんな失敗もありました。グーグルの表計算ができるスプレッドシートを使ってグラフづくりをさせて、おたがいのグラフで気づいたことを言いあう、といったことを想定して授業を進めていたのですが、子どもたちは「ほかの班がこうだから、自分たちのグラフもこうじゃないとダメ」という考え方になってしまいました。班ごとにちがうグラフが描かれたにときの対処を含め、どういう目的でそれを使うかを教師が考えておくことは大事だなと実感しました。
また、さきほど紹介した「台車の運動」の授業では「授業をデザインしすぎているかな」と思うほどでしたが、でも、生徒たちもこの授業に臨むための準備をよくしてくれました。
現在の赴任先、相馬市立向陽中学校では2018年4月より教鞭をとっている。
――ICTを使うだけでは抜けてしまう「手作業」などの要素をいかに補完するかといった点では、どのようなビジョンをもって授業に臨みましたか。
門馬 その点は、私自身も迷いながらの部分はありました。グラフを描かせるときも、子どもたちが自分の手で点を打ったり、滑らかに曲線を描いたりすることは大事だと思います。ですので、そうしたスキルをきちんと身につけさせたうえで、その後はデータ入力すれば短時間でグラフも描けるICTを使う、といった方法があると考えました。
たとえば、さきほど紹介した「台車の運動」の授業では、iPadでデジタルに撮影させるだけでなく、紙テープと記録タイマーを使って記録させることもしました。やはり、実験では自分の目や手を使うことが必要だからです。
ICTでは足りないところを補完する方法をとりいれながら、せっかく使える便利な機能があるならそれを使って、思考させるほうにより多くの時間を使う。このような考え方があってもよいのではないかと思っています。
研究や成果の情報を共有していきたい
――最後に、この記事をお読みになる学校の先生方や教育に携わる方に、メッセージをお願いします。
門馬 この記事を通じて、なにかしらのことを感じていただいた先生方は、ぜひご自身でも新たな授業にとりくんでいただければと思います。全校生徒数がすくないなど、特殊な状況でとりくんだため、すべてをほかの学校で落としこめるわけではないと思いますが、エキスの部分だけでも参考になればと思っています。
こうした研究や成果の情報を、学校の先生たちのあいだでより共有できるようになるとよいと思っています。
●コラム:原発事故から8年、浪江中学校が2019年3月に休校
2011年の震災・原発事故後、旧二本松市立針道小学校が浪江中学校として使われた。(写真提供:福島県浪江町)
門馬先生のいた浪江中学校は1970(昭和45)年、浪江町の3校が統合して開校しました。2011(平成23)年の福島第一原発事故では、学校自体が避難区域内となり、それ以降は、直線距離で40キロメートルも離れた二本松市内の旧針道小学校の校舎を借りての授業が続きました。もちろん生徒やご家族たちも他県をふくめ遠方に避難せざるをえない方が多くいました。べつの中学校への転校を余儀なくされた子たち。一方で、浪江中学校で卒業するんだと、遠くなった学校にスクールバスで通いつづけた子たち……。「子どもたちとしては辛い選択だったと思います」(門馬先生)
浪江中学校に対し自治体も支援しました。浪江町は先生たちの求めに対し、Wifiルーターやインターネット回線をとりいれる予算をいち早く確保。二本松市も校舎の提供などで支援しました。支援の輪はさらに広がり、横浜市の住職さんが、25台のノート型コンピュータを提供するといったこともあったそうです。
浪江中学校は2019年3月をもって休校となりました。「率直にさびしさはあります。浪江町時代の浪江中にも、二本松市時代の浪江中にも、思い出がありますからね」(門馬先生)
困難な状況のなか生活してきた子どもたちに向け、門馬先生は「君たちの浪江町に対する気持ちは大事にして、視野を広げていってほしい」と伝えつづけてきました。