「遊び」から、子どもの創造性を養う――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第2回)東海大学付属本田記念幼稚園
東海大学付属本田記念幼稚園教頭の石橋宏之先生(左)と園長の庄司暢道先生。
日産財団の理科教育助成は、小学校・中学校や研究会のみならず、幼稚園でも活用していただいています。助成活動を通じて、私たち日産財団は、特徴的な取り組みを実践している幼稚園がさまざまあることを改めて知りました。
そこで今回は、2005年度と2010年度の助成対象だった東海大学付属本田記念幼稚園を訪問し「創造性の教育」に取り組む先生たちに、詳しくお話を聞くことにしました。
本田記念幼稚園は「創造性の教育」の一環として、主体的な遊びの中で「クルマなどののりものを作って遊ぶ」活動を実践しています。担当者で教頭の石橋宏之先生、そして園長の庄司暢道にお話を聞いたところ、園児に一方的な“指示をしない”ことが、子どもたちの創造性を養むことにつながりうることを実感しました。インタビューのようすをお伝えします。
「子どもは未来からの留学生」
という言葉に惹かれ、幼稚園の先生に
――石橋先生は、どんな経緯で本田記念幼稚園の先生になったのですか?
石橋先生(以下、敬称略) 私は中小製造企業の多い東大阪市で生まれ育ったんですね。ものづくりを身近に感じ、東海大学の工学部動力機械工学科に入学して、風力発電の風車の羽について研究をしました。一方、サークルは子どもたちにスキーやキャンプを教える「野外教育研究会」に入っていました。
大学卒業のとき、サークルの顧問だった西野仁先生が当時この幼稚園の園長をされていて「幼児教育をやってみないか」と誘われました。その時は、理系出身者である自分には難しいのではと考え、機械系商社に就職したのですが、2年ほどして、またお話をいただき、そのまま幼稚園に移ることになりました。はじめは、事務の仕事や先生方のお手伝いをしながら、通信制の大学に入り幼稚園教諭の免許をとりました。
――西野園長先生のどのような誘いに惹かれたのでしょうか?
石橋 先生はよく「子どもは未来からの留学生。ものづくりや科学的な視点を幼いころに養っておけば、さまざまな視点で物事を判断できる人になる」とおっしゃっていました。それで、「自分も役に立てるのなら」と思うようになりました。
「この時間はこれをここまでやる」でなく
「今日はなにをやろうか」と投げかける
――本田記念幼稚園の教育方針はどのようなものですか?
庄司園長先生(以下、敬称略) 子どもの生活の中心である「遊び」を大切にしています。子どもたちは、遊びや日常生活のなかで、自然に文字の読み書きなどに触れていくものだからです。
園児たちは集団生活を送るなかで、友だちとの関係を保つことや、自分の気持ちを表現することが大事になってきます。そこで、11月の1か月間を使って「TIP Weeks」(ティップ・ウィークス:Tokai Intellectual Property education Weeks)という特別な期間を設けています。普段のクラスの枠を外して、年中と年長の2学年を縦割りにし、特定のテーマに沿ってたくさん遊ぶ活動です。テーマには、「おどろう!」「お話」「毎年新しいテーマ」、そして石橋先生が担当している「レッツ・サイエンス」があります。
――TIP Weeksのコンセプトは、どのようなものですか?
庄司 いまは「創造性の教育」を中心に据えています。もともと「知的財産教育」と表現していましたが、それだと子どもたちは理解しにくいだろうし、保護者の方々にもお金儲けしようとしているのではと思われてしまうおそれがあり(笑い)、子どもたちの創造性を養う教育といった表現に定めました。
小中学校とちがって、幼稚園には教科はなく、時間の区切りも厳密ではありません。幼稚園ではとくに、どのような活動をするかは現場に任されています。
そこで当園では、先生が「今日はこれをしなさい」と示して子どもたちがそれをこなすのではなく、先生が子どもたちに「今日はなにをやろうか」と投げかけ、先生と子どもたちが双方向で活動をつくっていくようにしています。TIP Weeksにも、この基本姿勢で取り組んでいます。
――決められた枠組みのなかで正解を出させるような教育が多いなかで、ユニークな姿勢にも感じられます。
庄司 本来、幼稚園での教育はこうあるべきなんだと思っています。決まったプログラムをこなすような活動になると、子どもたちが受け身で「なにをすればいいの」という基本姿勢になってしまいます。そこからは創造性は生まれてこないと私たちは考えています。
「レッツ・サイエンス」で園児たちに話しかける石橋先生。(写真提供:東海大学付属本田記念幼稚園。以下も)
子どもたちは発見を重ねて走るクルマをつくっていく
――TIP Weeksの「レッツ・サイエンス」では、クルマなどの「のりもの」を題材にされていると聞きます。
石橋 はい。子どもたちはクルマや電車などの動くものに興味を示します。ミニカーやプラレールなどのおもちゃも大好きですしね。作り方を身につけるのではなく、家にあるような身近な素材を使い、遊びのなかから発見を得ることをめざして、自分たちでオリジナルのクルマを作ってみようということにしました。
――さきほど庄司先生から、子どもたちには「今日はこれをしなさい」とは示さないと伺いましたが、「レッツ・サイエンス」では実際どのように「遊び」を進めていくのですか?
石橋 私ども先生が「タイヤを付けなさい」と言うのでなく、子どもたちに牛乳パックやペットボトルの空き容器といった材料、それにテープなどの道具を示して、自由に作らせることを基本姿勢としています。
はじめ、子どもたちは、容器にタイヤに見立ててペットボトルのキャップを張り付けたり、容器どうしをテープでつないで、トレーラーといった、見立て遊びを中心に制作を進めます。制作に慣れてきたころを見計らって、ベニヤ板で下り坂を用意し「ここを走るようなクルマを自由に作ってみよう」と投げかけます。見立て遊びから、「クルマを動かそう」という意欲や「クルマを走らせるにはどうすればいいのか」といった課題になっていくんですね。
次第に、子どもたちはクルマに車軸をつけてタイヤをつければ走るのではないかと考えます。軸に竹ひごを使って、車体にぺったり糊を塗ったりガムテープを貼ったりするけれど、それだとクルマは坂道を動かない(笑い)。
すると、ある子が、車軸が回転するように穴を開けてそこに竹串を通せばいいと考えて、タイヤをつけてみます。でも、穴を左右均等にあけなかったためバランスが悪くなり、やっぱりクルマは動かない。
ストローに糊をつけてペットボトルに! 付くかな……、どうかな……。
穴の開ける位置を変えることで、タイヤがバランスよく回るようになった!
けれども、その子は「タイヤが地面と接しないとだめなんだ」と、遊びのなかで気づいて学ぶんですね。
庄司 それが子どもたちにとっての「ブレークスルー」なんですね。一人の子が竹串を使って車軸にする方法を発見すると、ほかの子たちもそれに注目し、取り入れて、さらに発展させる子も出てきます。発見した方法が伝播し、活用していくようすがわかります。
ぼくが作ったクルマが坂道を走った!
――子どもたちはクルマづくりをレベルアップさせていくわけですか?
石橋 はい。子どもたちには恐怖心がなく、作りたいという意欲がさらに高まっていきますからね。日産財団の理科教育助成も活用して模型メーカーの鉄製シャフトやモーターといった汎用的な部品を買ってきて、それらを並べて、やはり「自由に作ってみよう」と投げかけます。子どもたちは今度はゴムに車体を引っ掛けて走らせたり、モーターの回転を、どうやってタイヤに伝えるかを考えたりと、遊びながら試行錯誤を繰り返していきます。
このようにして、先生は、子どもたちにとって「刺激の先」になるような材料を少しずつ示していくわけです。
保護者もクルマづくり
子どもの取り組みに理解を深める
――保護者の方々には、どう接しているのですか?
石橋 じつは、保護者のみなさんにも、ご希望で幼稚園におこしいただき、子どもたちとおなじようにクルマなどを作ってもらうんです。「どうぞ自由に作ってください」と投げかけると、非常に困った表情をされ「作り方の説明はないんですか」とよく質問されます。慣れてくると手を動かしながら「子どもたちっていろんなこと、考えているんですね」と子どもたちの学びを体験していただいています。
保護者のみなさんは、子どもとおなじ取り組みをすることで、子どもへの見かたが変わってきます。子どもたちは、親に自分のしていることを理解してもらえるので、幼稚園でより生き生きしてきます。
――保護者の方々にも子どもとおなじ経験をしてもらうというのはユニークですね。
石橋 過去にこんなことがあったんです。ある子が、1か月間のクルマづくり遊びで発泡トレイにタイヤを付けただけのシンプルなクルマを完成させました。親はそのクルマを見て、「こんなに単純なものしか作れないなんて、うちの子は1か月もかけてなにをしていたんですか」と思われたんですね。けれども、その子は「たくさん走らせるには、軽くてシンプルなものがいい」ということを学んで、工夫に工夫を重ねた末にそのクルマの形にたどり着いたのです。
保護者の方が子どもの取り組みを理解するためには、保護者の方にも取り組んでもらうことが大切だと考えて、実際に取り組んでもらう機会を設けているわけです。
庄司 お父さんやお母さんが参加すると、子どもたちもその姿を見て誇らしくなるものです。保護者の方々には、「私たちにお任せください」ではなく「いっしょにやってください」という姿勢で接しています。
西本清一選考委員長(左)、原田宏昭常務理事ら日産財団スタッフが二人の先生のお話を聴いた。
人としてのベースをつくる教育を
――幼稚園の段階から「わが子に知識教育をしなければ」と考えている保護者の方も多い気がします。
庄司 たしかに、そうしたことを望んでいる保護者の方もいらっしゃるでしょう。「私たちは遊びを大切にしています」と言っても、通じない部分はあります。
けれども、幼稚園児の時期は、能力を伸ばすことよりむしろ、人としてのベースをつくることのほうが大切だと、私たちは考えています。ベースがしっかりしていれば、いろいろなところで可能性は伸びるはずですから。
小学校の先生方に卒園生のようすを聞くと、小学3年ぐらいまでは「出遅れ感」もあるけれど、4年生や5年生になると確実に伸びてきて、リーダシップをとるような子は多いといいます。「後伸び」のためのベースを、子どもたちに授けてあげたいと日々思っています。
■取材を終えて 西本清一
本田記念幼稚園のみなさんは、知的財産の大元にある創造性や独創性にフォーカスした教育をしておられます。とくに、先生がトップダウンで子どもたちに学ばせるのでなく、ボトムアップで子どもたちのもっている潜在的な力を伸ばそうとなさっている点が特徴的です。
いま世界では、イノベーションの大切さがさかんに言われています。では、たとえば、シリコンバレーなどで成功を遂げているイノベーターたちはどう育ってきたかというと、多くの人は組織的教育からはスピンアウトしながらも、自分がおもしろいと思える「遊び」を追い求めてきたのです。
翻って日本の社会を見渡すと、子どもたちがそうしたイノベーターに育っていくような状況にはなっていません。
イノベーターになる人は、100人のうち5人いるかどうかといったわずかなものです。しかし、教育の世界でその5人をどう伸ばしていくかは大事な課題です。東海大学本田記念幼稚園の子どもたちは、人生の入口で得がたい経験ができていると思います。
ぜひ、みなさんには、自信をもって、いまなさっている教育を貫いていただければと思っています。(日産財団 選考委員長、京都市産業技術研究所 理事長)