導入の工夫、単元全体の構想、見方の明確化で、子どもたちの主体的な問題解決を導く――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第29回)神奈川県川崎市立下沼部小学校


神奈川県川崎市立下沼部小学校でのインタビュー風景。

 子どもたちが自ら疑問・問題を見出し、その解決を主体的に行おうとする姿勢をいかに育むか。これは主体的な学びが求められている今において、多くの学校が抱えているテーマかもしれません。このテーマに対し、授業の工夫などにより確実な成果を上げている学校があります。神奈川県川崎市立下沼部小学校は、日産財団理科教育助成で「見方・考え方を働かせ、資質・能力を育む理科・生活科の授業づくり ―子どもが主体的に動き出す授業を目指して―」という研究に取り組み、子どもたちの「自分で疑問や問題を見つけている」といった意識の高まりを見取ることができました。同校はこの研究を高く評価され、「第10回理科教育賞」の大賞を受賞しています。校長の菅原隆宏先生と、研究を主導した一人の久保田将央先生は、「導入の工夫」や「単元全体を見通した構想」、また「資質・能力」と「見方・考え方」の明確化といった手立てにより、大きな成果を得られたと話しています。

学校経営方針に「新しい社会を創り出す能力や態度の育成」など

――はじめに下沼部小学校についてご紹介いただけますか。

菅原隆宏校長先生(以下、敬称略) 当校は1954(昭和29)年7月に開校し、2024(令和6)年に川崎市の市制100周年とともに創立70周年という記念の年を迎えます。武蔵小杉駅や向河原駅に近く交通至便で、学区には商業施設、企業、商店街、それに多摩川の河岸などが含まれます。タワーマンションから通学する子も多くおり、児童数は878人とやや大規模といえます。学校としてめざしているのは、「新しい社会を創り出す能力や態度の育成に取り組む」「児童理解と人権尊重を大切にした指導に取り組む」「現代諸課題、喫緊な課題に取り組む」「開かれた学校づくりに取り組む」の四つです。学校教育全体を通じて、児童の主体的で自律的な学びの構え、仲間とともに課題解決に向かえる対人技能、そして、他者を尊重する民主的態度を育んでいます。

菅原隆宏校長先生。1986(昭和61)年、川崎市立南河原小学校を初任校とし、以降、市内の小学校で教諭を歴任。途中、上越教育大学大学院に国内留学。2017(平成29)年より現職。全国小学校理科研究協議会研究大会川崎市担当校として研究推進に携わるなど、理科教育の研究に注力している。2023(令和5)年11月、同研究大会神奈川大会の会場校の一つとなり、公開授業や授業分科会などの運営責任を担う(末尾コラム参照)。

「主体的な問題解決をできているだろうか」

――研究テーマ「見方・考え方を働かせ、資質・能力を育む理科・生活科の授業づくり ―子どもが主体的に動き出す授業を目指して―」に取り組まれた背景はどういったものでしたか。

久保田将央先生(以下、敬称略) 新学習指導要領が2020(令和2)年度から始まるにあたり、「主体的・対話的で深い学び」を実現させないければという意識が先生たちにありました。本校の子どもたちの私立中学校進学率は高く、学力は全国平均を上まわっています。しかしながら、「果たして子どもたちが本当に主体的な問題解決をできているだろうか」という思いを先生たちはもっていました。子どもたちにアンケートをとってみると、「自分で問題を見つけ、学習にのぞんでいるか」という問いに肯定的な回答をした率が、中学年までの80%以上に対し、高学年で74%と低かったのです。学年が上がるにつれ、「勉強させられている」という感覚になってしまっているのではという課題意識を先生たちがもち、子どもたちが主体的に問題解決をめざす授業を理科・生活科で実現しようと考えました。

久保田将央先生。2011(平成23)年度、川崎市立大師小学校で初任を迎える。2017(平成29)年度、下沼部小学校に赴任。

――目標も立てましたか。

久保田 はい。子どもたちの「主体的な」問題解決の姿を具現化させることを目標としました。キーワードとしては「自分なりの」です。子どもたちが「自分なりの」思いや考えをもって学習しているということを、自分たちで認識できるようになってほしいということを念頭に置きました。

学習指導要領を機に、二つの「手だて」を設定

――目標に向け、どのような手だてを考えましたか。

久保田 一つは、「『導入』の工夫と『単元全体を見通した構想』」です。子どもたちが問題を見いだす場面が大事だから、教材や見せ方の工夫をしていこうという意識を先生たちのあいだで共有していました。また、見いだした問題が、子どもたちの手による実験や観察、また充実した話しあいを通して解決するまでの道筋を意識して、単元構成をしました。先生一人ひとりが単元全体を見通した「単元構想図」を描けるようになることをめざし、実践しました。「単元構想図」を描けるようになることで、単元を解決しながら進めていく「縦」の流れと、複合的に学習問題を関連づけていくと「横」のつながりの両方をイメージでき、もう一つの手だてを打ちやすくなるというねらいがあります。


単元全体を見通した「単元構想図」。6年生の単元「発電と電気の利用」の例。(画像提供:川崎市立下沼部小学校)

――もう一つの手だてとは、どういったものでしょうか。

久保田 「『資質・能力』と『見方・考え方』を明確にする」ということです。これらを明確にして実践を重ねることで、子どもたちの学習が、学年を経るごとに、あるいはその学年内やその単元内でも、深まっていくものと考えました。子どもたちのそうした変容を見取るため、研究対象とする単元を学年で二つ定める「二単元研究」を実施しました。

菅原 改訂された学習指導要領に掲げられている、「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に取り組む態度」という三つの柱からなる資質・能力をいかに子どもたちに身につけさせるよう先生たちが適応していくかは課題でした。理科を例にとると、エネルギーの領域であれば「量的・関係的な見方」、地球の領域であれば「時間的・空間的な見方」といったように、はたらかせる見方がちがってきます。そこで、「この単元では量的な見方をはたらかせる」といったように先生が意識づけするかたちで指導計画を立てていきました。先生たちが新学習指導要領に慣れるには、これが早道と考えてのことです。

導入に「缶ボトル」、主体的な問題意識をもたせる

――ご紹介くださった手だてを意識して授業展開された単元の事例にはどういったものがありますか。


研究の実際 4年生「ものの温度と体積」。(画像提供:川崎市立下沼部小学校)

久保田 4年生の担任の先生が導入部で用意したのが、児童数分の「缶ボトル」です。ボトルの口にシャボン液で膜を張り、缶に手を添えて体温で温めると、シャボン膜がぷくっと膨らみます。これを見せることで、子どもたちが「どうしてこのような変化が起きるのか」を考えるようになります。実際、子どもたちから「空気が膨らんだからシャボンが膨らんだのでは」「水が温められたことでなにか変化があったのでは」「缶ボトル自体に変化があったのでは」などと意見が出ていました。

菅原 以前は、空気、水、金属を一要素ずつ扱っていましたが、今回、先生たちの工夫ですべてを一つの教材で取り入れることができました。子どもたちは、シャボンが膨らむという変化の原因をより調べたくなったと思います。この導入の工夫は、単元全体を見通して構想したことの結果でもあります。

――その後、担当の先生はこの単元をどう展開していかれたのでしょうか。

久保田 子どもたちが考えた予想を解決していくかたちで展開していきました。結局、空気・水・金属いずれも変化するので、子どもたちのそれぞれの予想はむだになりません。最後の考察で、三つのなかでも、いちばん影響が大きかったのが空気だったと子どもたちがまとめました。

見方・考え方の明確化で、学びを深める

――もう一つの手だて「『資質・能力』と『見方・考え方』を明確にする」を生かせた単元の事例はありますか。

久保田 5年生の「流れる水のはたらき」が該当します。この単元では、流れる水のはたらきと土地の変化について理解し、観察・実験などの技能を身に付けることなどをめざします。当校のある下沼部地区と、すぐ近くを流れる多摩川を題材に授業をしました。


研究の実際 5年生「流れる水のはたらき」。(画像提供:川崎市立下沼部小学校)

久保田 導入で、子どもたちは下沼部と周辺の地図を見て、「東京都にも沼部という似た地名の場所がある」「下沼部の番地は700番地からで1番がない」と気づき、「かつて下沼部は東京側にあったが、多摩川の流れが土地を変化させたのではないか」という問いを立てました。これは「『導入』の工夫」といえます。

 その後、流れる水の力の作用について考える段階で、「『資質・能力』と『見方・考え方』を明確にする」場面をもちました。時間的・空間的な見方・考え方をはたらかせられるよう、航空写真をつなげて多摩川の上流から下流までを空間的に俯瞰できるモデルを用意したのです。

 また、多摩川の上流・中流・下流をヴァーチャル・リアリティ(VR)動画で比較することで、子どもたちは空間的な見方・考え方をはたらかせました。川の流れの速さ、川幅、体積物などのちがいがあることをヴァーチャルに体験しました。それだけでなく多摩川に行って、実物の砂や石を手に取るといった実体験もしました。これらから、上流の水の流れの速さにより、石が流され砕かれて、さまざまなかたちに変化しているのではという見方・考え方をはたらかせることができました。

 さらに増水があたえる影響について考える段階で、見方・考え方をはたらかせる手立てとして多摩川の増水時と平常時を動画で比較したほか、実際の多摩川の流れるようすを見に行きました。事前に流水モデルの実験で、水の流れがS字から直線になるようすを確かめていましたが、子どもたちは「多摩川の規模でそれが起きれば、地形を変えてもおかしくない」と、みずからの考えをより強固なものにできたと見ています。

「自分で問題を見つけ、学習にのぞんでいる」意識が向上

――研究を通じて、どのような成果を得られましたか。

久保田 研究前のアンケートで「自分で問題を見つけ、学習にのぞんでいるか」という問いへの肯定的な回答が高学年で低かったとお話ししましたが、研究後の2022(令和4)年度には高学年で88%となり、14ポイント高まりました。この点に課題意識をもっていたため、この結果はうれしかったですね。ほか、「自分で予想を立てている」「自分の予想をもとに実験の計画を立てている」「実験の結果から何が分かるか 自分で考えている」などすべての項目で肯定的な回答の率が高まりました。

――先生たちにも成果はありましたか。

久保田 はい。生活科・理科を授業した先生たちの9割弱が、アンケートで「自分自身の成長を実感している」と回答しました。また、「教師主導でなく、子ども主体の授業ができるようになってきた」「日々の生活のなかで、これは理科の教材として使えるのではという見方ができている」といった自由記述の回答も見られました。

“め”を育てる、新たな研究を展開

――研究で得られたことを振り返り、現在や未来に向けどう生かしますか。

菅原 「子どもたちに主体的な問題解決の学習経験を将来に生かせるようになってほしい」という先生たちの願いをもとに本研究に取り組んできました。あいにく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で「ともに学びをつくりあげる」ことがままならなかったのは痛いところでしたが、日産財団の助成で視聴覚機器を購入でき、主体的な問題解決の学習経験は確実にできたと思います。

 今回の研究を経て、問題意識・見通しをもって問題解決を進めていくことや、対話的な活動の場面を通して学びの質を高めることをさらなる目標として、これを実現していくことを教職員で共有できました。そこで、2023(令和5)年度・2024(令和6)年度と、日産財団理科教育助成を活用して「主体的に動き出し、共に学びをつくりあげる子の育成 ―科学の“め”を育てる生活科・理科授業―」という研究に取り組んでいるところです。「め」に、「問題解決が“芽”吹く」「学びを深める“眼”をもつ」という意味を込めました。さらに今年度、三つ目として「“メ”タ認知」を加え、子どもたちが「つぎの見通し」をもって活動できるようになることもめざしているところです。

●コラム 下沼部小学校が全国小学校理科教育研究協議会研究大会・神奈川大会の会場に


(画像提供:川崎市立下沼部小学校)

 2023(令和5)年11月16日・17日、「第56回 全国小学校理科教育研究協議会研究大会・神奈川大会」(全小理・神奈川大会)が全国小学校理科研究協議会、神奈川県小学校教育研究会理科部会などの主催で開催されました。大会主題は「グローバル社会を生き抜く心豊かな人間を育てる理科教育」、また神奈川大会としての研究主題は「自然に親しみ、共に豊かな学びを創り続ける子どもの育成」でした。


(画像提供:川崎市立下沼部小学校)

 2日目の会場の一つとなったのが下沼部小学校です。久保田先生ら同校の各先生が公開授業をおこないました。また、パネルディスカッション形式の授業分科会や、各都県の先生による発表形式の学年別分科会、さらに國學院大学の寺本貴啓教授による指導講話形式の全体会を実施しました。同校のこれまでの研究内容や成果が、こうした場でも他校などに広く伝わっています。