「対話」と「自己評価」で子どもたちが自らの学びを「調整」する姿を見出す―「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第38回)福岡県福岡市立香椎東小学校
福岡市立香椎東小学校の室井松美校長(中)と岩田謙人先生(右)。日産財団常務理事の原田宏昭(左)とともに。役職名は取材日(2023年9月21日)当時のもの。
近年、学校教育で「調整」がキーワードとなっています。子どもたちが自らの学びについて見通しをもって学ぶといった意味の「自己調整学習」が重視されているのです。10余年にわたる理科研究の実績をもつ福岡県福岡市立香椎東小学校は、2020年ごろからこの「調整」というテーマに正面から取り組んでいます。日産財団理科教育助成の研究「自らの学びを調整する生活科・理科・生活単元学習 ~対話して学ぶ場の工夫と児童の自己評価の活用を通して~」を通じて、自らの学びを見据えながら学ぶ子どもたちの姿を見出してきました。同校はこの成果により第10回理科教育賞を受賞しました。校長の室井松美先生と、研究を主導した岩田謙人先生は、4つの「対話の場」を設定したことや、子どもたちの自己評価の導入を要点にあげています。
2010年から理科・生活科の研究に注力
――香椎東小学校についてご紹介いただけますか。
室井松美校長先生(以下、敬称略) 当校は福岡市東区の住宅街にありますが、学区内にある香椎宮の境内をはじめ、さまざまな場所に残されている自然にも接しています。地域の方と一体で田植えや稲刈りなどなどの体験的学習を進めており、また、ご家庭からも協力的に支えていただいています。
また当校は、2010年度からの大村健二校長先生の代より、地域の方との交流活動を充実させていくなかで、理科・生活科の研究に力を入れるようになりました。
室井松美校長。福岡市立の幼稚園で教諭をつとめた後、小学校の教諭となり、3校目で香椎東小学校に赴任。管理職を経て同校に教頭として再び赴任。西戸崎小学校で校長をつとめたあと、2023年度より校長として三たびの赴任をする。
「自らで学びを調整する」子どもの姿をめざす
――2020〜2022年の理科教育助成で「自らの学びを調整する生活科・理科・生活単元学習 ~対話して学ぶ場の工夫と児童の自己評価の活用を通して~」という研究に取り組まれました。研究の背景はどういったものでしたか。
岩田謙人先生(以下、敬称略) 当校は長年にわたり、自然事象に自ら興味をもって関わっていく子どもの育成をはかってきました。いまも田んぼでオタマジャクシを観察したり、ビオトープでトンボの種類を調べたりする子どもは多くいます。
しかしながら、自分で課題や見通しをもって疑問に思うことを追究していくといった姿勢については、まだ伸び代があるように思えました。そこで、子どもたちがもっている興味・関心を生かしながら、自らで学びを調整し、問題解決のサイクルを回していけるように子どもを育てていきたいと考えたのです。
岩田謙人先生。福岡市立和白小学校で教諭をつとめたあと、2018年より香椎東小学校に赴任。前任校の時期を含め、理科教育に力を入れる。
――「自らで学びを調整する」とは、どういったものでしょうか。
岩田 自ら考えの見通しと学び方の見通しをもって、友だちとの対話をし、思考を深めるとともに、つねに自らの学習状況を振り返りながら問題解決をはかることを指します。一人でこれに取り組むのはむずかしいので、友だちと対話しながら、ゴールに向けて次にすべきことを定めていくことを理想としました。また、自分の学習状況を把握できていないと次になにをすればよいか決められないので、学習状況を振り返りながら学びを進められる子どもの姿を実現できればとも考えました。
「対話して学ぶ場」を意識して授業を展開
――「自らの学びを調整する子ども」の姿に向け、どのような手だてを講じましたか。
岩田 まず、四つの「対話して学ぶ場」を設定しました。いずれも子どもたちから対話が自然発生的に生じることをめざしたものです。
一つめは「発見の場」。これは、子どもたちが気づきや問いを交流する場です。子どもたちが意見を拡散的に出したあと、それらの意見を絞っていき問題を定めます。
つぎが「予見の場」です。問題に対して自分なりに根拠のある予想や仮説を立てて、それらを示しあいます。子どもたちはこれにより自分の予想や仮説を強化したり、あるいは変化させたりします。
つぎの「追究の場」は、理科での実験・観察、また生活科でのものづくりといった具体的な活動での話しあいの場です。実験・観察の条件を話しあったり、上手くいかないときの原因を出しあったりします。自然に対話が生まれるよう、子どもたちが自由に実験の設計や選択ができる部分をもたせています。
最後に「共有の場」。これは実験結果を共有する場です。なにがわかったか、自分の考えがどうだったかを考察し、学級での成果にしていく場です。実験の妥当性や、結果からいえることを、対話を通じて共有します。
――子どもたちには、いまどの場なのかを明示するのですか。
岩田 「ここからは発見の場だよ」などとは明示しません。ただし、「視点」を示します。たとえば、「たくさんの考えを出すなかで、問題を立てていくのだから、質より量が大切だよ」といったようにです。
――「対話して学ぶ場」をどう活かしているか。授業の実践例をご紹介いただけますか。
岩田 はい。5年生理科「流れる水のはたらき」で紹介します。
対話して学ぶ場。5年生理科「流れる水のはたらき」の場合。(画像提供:福岡市立香椎東小学校)
岩田 「発見の場」として、2017(平成29)年7月に起きた九州北部豪雨の映像をみんなで見ました。子どもたちは「水の流れが激しい」「水が濁っている」「木が流されている」「家が流されている」「被害がたくさん出ていそう」などさまざまな発見を出しました。そのうえで、今回は「被害が出ないよう水害を防ぐためにどうしたらよいか」という学習問題を導きました。
つぎの「予見の場」で、この学習問題に対して調べなければならないことを出しあいます。「流れる水にはどんなはたらきがあるか」などを話しあいました。
つぎの「追究の場」では、流水実験装置を使って実験をしました。子どもたちは流路を意のままにつくって水を流し、どこが侵食され、どう運搬・堆積がされるかを確かめます。教室で何度もやり直せるため便利でした。
そして、「共有の場」で、ほかの班の結果も見ながら、「外側が侵食している」「内側は堆積している」などの共通する妥当な考えを見出します。「被害が出ないよう水害を防ぐためには」という学習問題を立てていたので、「侵食されやすい外側に対策をとれば水害を防げるのでは」と話を進め、「水の量でどのくらい侵食のほどが異なるのか調べないといけない」などと考えをまとめます。
子どもたちの「自己評価」をていねいな説明で実施
――「自らの学びを調整する子ども」に向けての手だてとして、ほかに実践したことはありますか。
岩田 問題解決のサイクルの最後に、子どもたちが自らの学習状況を評価するようにしました。用いた評価法は、評価の判断規準を文で示すなどして達成度を自己評価する「ルーブリック」です。
室井 ルーブリックは本来、先生たちが子どもを見るとき用いる評価法ですが、当校では子どもの自己評価にも使っています。繰り返し自己評価することで、「自分の学びがこのあたりにある」と認識できるようになると見ています。
自己評価。(画像提供:福岡市立香椎東小学校)
――どのタイミングで自己評価をしているのですか。
岩田 いまは考察の場面です。科学的な見方や考え方をとくにはたらかせるこの考察の段階で自己評価するのが効果的と考えてのことです。4段階の評価規準を示し、自己評価で丸をつけさせるほか、今後どうしたいかを記述形式でアウトプットさせています。子どもたちの自己評価や記述を受け、先生が、子ども自身のゴールに到達するためになにが必要かを書いて示したり、子どもが記述した内容にどのような価値があるかを示したりして、子どもたちの追究意欲を高めています。
室井 考察は、実験結果が出たうえでの場面ので、子どもたちがもっとも考えを表現しやすいと思います。
――評価規準を子どもたちに提示するというのは先端的に思えますが、ハイレベルすぎたり、その時々の実感が浅くなったりといったマイナス面はないでしょうか。
室井 対象は高学年のみとしています。評価の規準を示し、「到達度が高いというのはこういうことなんだよ」と伝えることで、子どもたちは「高い評価に近づいていこう」と意欲をもてるようになることを重視しています。最低の評価をする子が自己肯定感を下げてしまわぬよう、先生たちは「できなかったね」でなく「どうしたらよいかみんなで考えよう」と前向きな姿勢で臨み、その子の次の活動を導くことを意識しています。
岩田 「よい成績をとるためには、この書かれてあることをすればいいのか」という考えになってしまうと、私たちのねらいとずれてしまいます。しかしながら、子どもたちのようすを見ると、純粋に「問題解決したい」「水害をどうにかしたい」という望みがまずあるので、その心配はありません。
――子どもたちに自己評価をさせるときのポイントはどこにありそうでしょうか。
室井 意味や価値をていねいに子どもたちに伝え、子どもたちに納得してもらうことが大事だと思います。
岩田 評価規準の文言を見せただけでは子どもたちは理解できないので、「規則性っていうのはね、いろいろなものごとにおなじようなパターンが見られるようなことだよ」とか「Aくんの考察は、さまざまな見方からの分析ができているね」と伝え、子どもたちがイメージできるように心がけています。
学びを調整しながら主体的に学ぶ子どもの姿が増えた
――研究で得られた成果についてお聞きします。
岩田 自らの学びを調整しながら主体的に学ぶ子どもたちが確実に多くなりました。問題解決のプロセスを会得できたため、自然に予想を書いたり、友だちと「どう書いた」と話しあったりして、自分たちで問題解決に臨んでいます。また、実験方法を自分で発想できるようにもなりました。「自分の予想を確かめる」と、こだわりをもって実験をしている姿が見られます。
もう一つ、考察の質が上がっている点も成果です。妥当性のある考えを導いたり、予想と結果をくらべたりできるようになりました。実験条件をこう変えるべきだったといった振り返りの力がついたようにも見えます。
――先生たちはどのようなことを得られたでしょうか。
岩田 学習をするのは子どもたちであり、先生は伴走者なのだという意識をもつようになった先生が増えたと思います。
先生は子どもたちのファシリテーター
――研究後の展開や抱負を伺います。
岩田 引き続き、「自らの学びを調整する児童」をめざす姿に研究をおこなっています。「対話して学ぶ場」は日常的なものになりましたし、自己評価も続けています。加えて、情報通信技術(ICT)の活用を充実させています。子どもたちが、必要と感じたとき自由に機器を使うという状況をめざしています。習ったことをデータ保存し、いつでも振り返られるのは、自らの学びを調整するのにとても役立つと実感しながら、研究に取り組んでいます。
室井 受賞を機に、多くの先生が、「子どもたちが主体的に学べるように変えていく」と覚悟をもつようになったと思います。10年以上にわたり理科教育の研究を重ね、さらに自己調整をキーワードにその研究を発展させてきました。いま灯っている火を絶やすことなく、今後はどの教科でも子どもたちが主体的に学べるように発展していければと考えています。私たち先生がサポーターやファシリテーターになることが、子どもたちの成長や学力向上につながるものと思っています。