自分の問いを探究する楽しさを子どもと先生が分かち合う――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第28回)神奈川県横浜市立神奈川小学校
神奈川県横浜市立神奈川小学校でのインタビューのようす。
「これはなぜ」という問いは、探究の起点になるものです。自分の問いと探究を大切にする授業は、「楽しい理科」の理想型かもしれません。神奈川県横浜市立神奈川小学校では、子どもたちと先生がともに「探究者」となり、自分の問いを探っていく授業を展開しています。同校はこの授業実践を日産財団理科教育助成の研究「子どもが自分の問いをもち、 探究することを楽しんだり、やりがいを味わったりする理科学習」としておこない、第11回理科教育賞を受賞しました。このたび私たちは、校長の田名部和美先生と、研究主任の川﨑真理先生に話をお聞きしました。「先生がちょっとだけ探究者の先輩となる」といった「楽しい理科」への要点をうかがい知ることができます。
明治初期の創立、地域から愛される学校
――学校についてご紹介ください。
田名部和美校長先生(以下、敬称略) 本校の創立は1875(明治8)年。近くに東海道の旧神奈川宿があります。地域から「かなしょう」とよばれて愛され、いまの子どもたちの保護者、さらにはおじいちゃん・おばあちゃんも卒業生といった家庭もあります。
田名部和美校長先生。1994(平成6)年、横浜市立の小学校で教諭、副校長、また教育委員会で指導主事をつとめるなどし、2020(令和2)年より神奈川小学校に校長として着任。
順調な授業だが、子どもたちは楽しんでいるのか…
――「子どもが自分の問いをもち、 探究することを楽しんだり、やりがいを味わったりする理科学習」という研究に取り組まれました。どのような背景があったでしょうか。
川﨑真理先生(以下、敬称略) 従来の授業では、みんなで問いを設定し、予想し、実験をして考察します。子どもたちからはいろいろなアイデアが出るものの、基本的に教師である私の意図したとおりの進め方をしていました。順調ともとれますが、子どもたちみんなが力をつけているとは思えなかったし、楽しんでいるようにも見えませんでした。
川﨑真理先生。2012(平成24)年より横浜市立の小学校教諭をつとめる。神奈川小学校には2校目として2019(平成31)年に着任。
そこで、一人ひとりが自分の問いをもち、探究を楽しんでいる子どもたちの姿をめざそうと考えました。私も教材研究をしているとき、教科書どおりに行かないことを経験し、「どうして」と問いをもち、それを探究することがあります。光合成の実験など生物を扱う内容ではとくに上手くいかないことがあります。でも、そこが理科の楽しさでもあると思うのです。自分の問いを探究しているときは夢中になる。これを授業で成立させたいと考えました。
問いをつくり自己探究していく授業を展開
「問い → 探究」の取り組み例。3年生の単元「風とゴムの力のはたらき」にて。単元の最後にグループでの自己探究を3時間かけておこなった。(画像提供:横浜市立神奈川小学校)
――授業では、子どもたち一人ひとりが問いをもつためどういった取り組みをしましたか。
川﨑 はじめは「1 テーマを共有」「2 ブレインストーミングでテーマとつながった多様な問いをつくる」「3閉じた問い、開いた問いに分類」「4 問いをいくつか選び、優先順位をつける」「5 探究をスタート」というステップを子どもたちと共有しました。『たった一つを変えるだけ』(ダン・ロススタイン、ルース・サンタナ共著、吉田新一郎訳、新評論刊)という本を参考にしてのものです。単元のはじめにこの5ステップで問いをつくろうとしました。
その後、ステップの型やタイミングにこだわらないようになっていきました。既習につながる問いであればよいと考え、どんな形でもいつでも問いを出してもらうようにしていきました。
そうしたのは、「問いは自然と子どもたちから生まれてくるものだ」と感じられるできごとがあったからです。3年生の「チョウを育てよう」という単元で、ある子が、育てているモンシロチョウとは姿のちがう幼虫がいると気づいたのです。蛹になると茶色くてほかの個体と大きくちがう姿になりました。子どもたちに「この生きものの正体はなに」「調べたい!」と問いや探究の心が生まれ、1時間をとって調べることにしました。羽化せず決定的な解には至りませんでしたが、問いのつくり方を考えなおす転換点になりました。
――自分の問いをもつことに加え、子どもたちが探究を楽しむためにどんなことをしましたか。
川﨑 「探究の力」を子どもたちと共有し、使えるようにしました。 「問題」「予想」「実験方法を考える」「実験して結果を出す」「考察」についての要点をまとめたもので、理科学習を自分の力で進めていく方法を示したのです。
「探究の力」。小学校でよく使われる問題解決のプロセス(左)を応用して独自の内容に。初年度のもの(右円内)から改善した。(画像提供:横浜市立神奈川小学校)
そして自己探究する時間を、みんなで「3時間にしよう」などと決めて、自分の生み出した問いについて調べていきます。3時間すべてを自己探究に充てるのでなく、はじめの10分ほどで「ミニレッスン」を設け、私が「ここは子どもたちが探究していくのに必要だ」と考えたことを、子どもたちに意識させてから自己探究を始めるようにしています。
ミニレッスンの例。これは「より確かな実験結果を出そう」という題材。(画像提供:横浜市立神奈川小学校)
――すべての単元を、一人ひとりが問いをもち、自分で探究する進め方にしたのですか。
川﨑 いいえ。みんなで学習を進めていく従来どおりの単元もありました。どちらでやるかという点で見えてきたのは、「自分で教材に手を加えて実験して調べられるものは、自分の問いを自己探究するほうで、それがむずかしいものはみんなで学習するほう」といったことです。とはいえ、みんなで探究するときも、一つの原因を出す子、いくつかの原因を出す子、考えを図示する子、確かな原因と曖昧な原因があると言う子、それぞれの子たちの考察を出しあって、一人ひとりの探究する力が高まるよう意識しています。
教師が「ちょっと先輩の探究者」になっておく
――一人ひとりが問いをもつこと、そして自己探究を楽しむこと。これらの実践で要点と思われることについて伺います。
川﨑 完全にできているわけではありませんが、「自分で探究を味わっておくこと」が大事と思います。私自身が探究者になって、その単元で子どもたちに示そうとするプロセスをやっておくということです。そうすることで、その学習にどのような価値があるか見つけやすくなると思います。
授業に臨んでいるときの子どもたちは探究者です。私は、その子どもたちの「ちょっと先輩の探究者」になって、上手くいかない苦労点や、この先に想定される壁などを把握しておきます。このプロセスを踏んでおけば、子どもたちの問いが発展していくことに共感したり、楽しんだりできるようになると思います。
「なにを調べたいか」が子どもたちのなかで明確に
――成果について伺います。子どもたちにどのような効果をもたらしたと考えていますか。
川﨑 おなじ子どもたちで前後をくらべることはできませんが、2022年に5年生にとったアンケートでは、「問いを選んで学習することにやりがいを感じていますか」という問いに96パーセントが「感じる」と答えました。また、「何を調べたいのか分かりながら、実験に取り組んでいますか」には100パーセント「できている」と答えました。一人ひとりが自分の問いと向き合い、その問いを解決するために実験などの探究をしていることが、よかったと思います。
「問い→探究」の取り組み例。3年生「生き物をさがそう」の単元にて。アブラゼミの翅と眼の色がおなじと気づいたこの児童は、「はねのいろがちがったら目の色もちがう?」と問いを立て調べていった。(画像提供:横浜市立神奈川小学校)
田名部 研究1年目のとき川﨑は理科専科の担当で、各学年の授業を見にいくと、子どもたちがみな理科の授業に楽しそうに臨んでいます。「理科が大好きになっている」と感じました。それに、この取り組みは、子どもが自分の問いをもってやる気を出し、グループで解決しようとし、ふり返りもきちんとしています。学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」に沿った取り組みと見ています。
「川﨑先生には初めて話しますが、こんなことがありました」と田名部校長(手前)。「ある子が、チョウを捕まえたからクラスのみんなや川﨑先生と見ていいですか、見たあとは逃してあげます、と。命の大切さも感じて私に相談にきたのです」
――先生たちにとっての成果をどう見ていますか。
川﨑 「自分が探究者になる」という感覚をもてたのは大きかったと思います。以前は、「教えよう」という気持ちが大きすぎて、子どもたちからなにが出てくるか見ようとしていなかったことに気づきました。いまは教師と探究者を行き来しています。子どもたちといっしょに楽しむ感覚をもてるようになりました。
田名部 子どもにもいえることですが、問いを見つけて、それについて考え、それを解いたり解こうとしたりすることがつぎの問いを生みだすというところが、楽しさなのではないでしょうか。教員として大切な資質は、学びづつけることだと日々伝えています。
川﨑は研究主任ですが、自身が学びつづけていることで、ほかの先生たちにもよりよい授業に向けた貪欲的な姿勢につながっていると見ています。
「問いと自己探究」を日常づかいに
――助成期間が2022年12月まででした。期間終了後の状況をお聞きします。
川﨑 いまは発展的に、一人ひとりが問いをもち自己探究するプロセスと、そうでない通常の授業の境目を薄めています。部分的に問いを立て、調べる時間をつくって調べるということを自然な流れのなかでおこなっています。「問いがいろいろ出てきたから、ここで選んで調べてみようか」といったように、ごく当たりまえの進め方をよりできるようになっていったらいいなと考えています。
田名部 今回の研究は「学習の個性化」といえるものです。子どもがみずからやりたいことを先生がコーディネートすることの大切さを感じたので、今後それを学校全体に広げていきたいと考えています。私たち先生も探究することを楽しみながらです。