「未来型授業」で未来社会を切り拓く子どもたちの力を育成――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第36回)神奈川県愛川町立半原小学校


半原小学校でのインタビューのようす。

子どもたちが未来において活躍するための力を育成しようと、学校教育の新たな要素の数々を積極的に取り入れて相乗効果をはかろうとする取り組みがあります。神奈川県愛川町立半原小学校は、未来社会を切り拓く「6Cの力」育成をめざし、「半原のよさ みんなにとどけ!」を学校全体の学習目標とするなかで、SDGs・STEAM・GIGA・PBLの各要素の相乗効果をはかる「未来型授業」を展開しています。同校は、日産財団理科教育助成を活用した本研究「未来型授業(SDGs × STEAM × GIGA × PBL)で未来社会を切り拓く力を育む」により第13回理科教育賞を受賞しました。校長の山中隆先生、研究主任の中山竜巳先生、研究副主任の増山智子先生の話から、子どもたちが自分たちで設定した課題を解決していくなかで力をつけていく様子がうかがえます。研究期間中の校長で、研究を主導した佐野昌美先生からもメッセージを寄せていただきました。

自然豊かな学校、2023年度に創立150周年

――半原小学校についてご紹介いただけますか。

山中隆校長先生(以下、敬称略) 当校は神奈川県愛川町の北西部、丹沢山地へとつながる山々に囲まれ、また近くに中津川が流れる自然の豊かなところにあります。半原は、お米の生産に向かない地形であるため、昔から宮大工、養蚕、製紙、撚糸などの工業がさかんでした。そうしたなか、当校は2023年に創立150周年を迎え、数々の記念行事をおこないました。現在の児童数は224人で、通常学級9学級と特別支援学級5学級があります。明るく素直で気持ちのよいあいさつのできる子が多くいます。


山中隆校長先生。神奈川県厚木市立の小学校で教諭をつとめ、同市教育委員会に勤務。教頭職を経て、2022年度より清川村宮ヶ瀬小学校校長。2024年度より、愛川町立半原小学校校長。

「6Cの力」育成をめざす、「半原のよさ みんなにとどけ!」を全校学習目標に

――学校で独自に「6Cの力」を設定してこられたと聞きます。どういったものですか。


半原小学校が設定する「6Cの力」(画像提供:愛川町立半原小学校)

中山竜巳先生(以下、敬称略) 「伝え合う力(Communication)」「協力する力(Collaboration)」「考える力(Critical thinking)」「つくりだす力(Creative thinking)」「挑戦する力(Challenge Spirit)」「信じる力(Confidence)」のことです。経済協力開発機構(OECD)の「ラーニングコンパス2030」が掲げた、激変していく2030年以降の世界を生き抜くために子どもたちが身につけるべき力を参考に、当校の児童の実態を踏まえて作成したものです。2022年度の校内研究から、「6Cの力」を設定しました。


中山竜巳先生。校内研究主任。神奈川県愛川町立中津第二小学校で教諭に赴任。2016年度より半原小学校の教諭に赴任。

中山 じつは1年目、まず教員たちで「6Cの力」を共有するにとどめ、子どもたちには明示せず、それでもこれらの力をつけさせようと意識して授業などをしてきました。子どもたちに知らず知らずのうちに「6Cの力」につながる経験を身につけさせたうえで、2年目、いよいよ子どもたちに明示して、「みんな、大人になったとき役立つ『6Cの力』を身につけていこうね」と伝えました。

 子どもたちからすると、「6Cの力」につながる経験にのぞむたび、「あ、1年前にもやったあれだ!」となります。より自然に「6Cの力」を身につける姿勢が、子どもたちに浸透したのではないかと思います。2年目の3学期にもなると、子どもたちから「先生、いまの授業は、挑戦する力と信じる力を身につけられたね」といった話が出るようになりました。

――「6Cの力」を、子どもたちにも提示した2023年度は、学校創立150周年でもあったのですね。

増山智子先生(以下、敬称略) はい。創立150周年にあたり、学校全体の学習テーマを「半原のよさ みんなにとどけ!」としました。前年度の校内研究で3年生がこのテーマで取り組んでいたのを全校的に展開し、子どもたちが半原学校に愛校心を、また半原のまちに愛着をもって学習できるようにしました。


増山智子先生。初任校は愛川町立中津小学校。2021年度より、半原小学校に赴任。研究副主任をつとめる。

中山 「半原のよさ みんなにとどけ!」を学習テーマにすることで、子どもたちはおのずと半原の未来に目を向け、半原のよさを入学生や学校外の人たちに伝えようとします。「6Cの力」を身につけることにつながったと思います。

SDGs、STEAM、GIGA、PBLの各要素で相乗効果をはかる「未来型授業」を展開

――授業に際して、SDGs*1、STEAM*2、GIGA*3、PBL*4の各要素の相乗効果をはかっていくことを意図され、そうした授業を「未来型授業」と定めたとお聞きします。

*1 SDGs:持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)
*2 STEAM:科学(Science)技術(Technology)工学(Engineering)芸術(Art)算数・数学(Mathematics)の各分野の教育を横断的・融合的におこなうこと。
*3 全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み。GIGAは「すべての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉」(Global and Innovation Gateway for All)の意味。
*4 PBL:問題解決型の学習(Project Based Learning)

増山 はい。これらの要素を、できるだけ掛けあわせようとしてきました。生活や総合的な学習の時間などの教科を軸に、PBLを想定して課題を設定したり、情報を収集したりします。そのとき、たとえば、分析や表現のために国語の力も必要となるので、教科間のつながりも意識し、相乗効果をはかりました。GIGAスクール構想で子どもたちはタブレット端末を使えるようになったので、調べ学習に効果的に生かせました。また、SDGsの視点を入れ、学んでいることがSDGsの活動につながることも意識しました。

――「未来型授業」に込めた意味はどういったことでしたか。

増山 一つは、子どもたちに、未来を切り開く力を身につけさせるという意味です。もう一つ、私ども教員たちが従来の教育の手法や考え方だけにとらわれず、これからの変化の時代に適応できるよう子どもたちを育てていくため、授業改革を進めていくという意味も込めています。

「他学年に広める」「楽しんでもらう」活動を実践

――取り組みの実践例をご紹介いただければと思います。


6年生「笑顔の輪を広げよう ~つなぐ・つながる半原~」の実践例。プログラミングのグループメンバーたちが低学年生にプログラミングの授業を実施。(画像提供:愛川町立半原小学校)

中山 一例として、6年生では、「半原のよさ みんなにとどけ!」の全校学習テーマのもと、「笑顔の輪を広げよう ~つなぐ・つながる半原~」を学年での学習テーマとし、グループ学習のなかで子どもたちがプログラミングの活動にとりくみました。

 プログラミングの学習に楽しさを感じながらも、他学年生ではさほど学習されていないことを知った6年生たちが、「自分たちが学校でプログラミングを広めるんだ」とチャレンジスピリットをもって、PBL型の活動を始めました。

 6年生たちは、まずグループでのプログラミングの活動をクラスに広め、それができたら次に2年生たちに広め、2年生たちの反応を見てより楽しく学べるよう打開策を見出し、それを生かしながら次に1年生たちに広め、最終的に全校に広めていきました。プログラミングを学びたい子どもを校内で募って、多目的室で本人たちが授業もしました。

 この活動のなかで、グループのメンバーたちは「6Cの力」を網羅的に伸ばす体験ができると実感しました。ただし、「考える力(Critical thinking)」については、悪口の言いあいになりはしないかと、むずかしさも感じていました。子どもたちには「考える力は、相手を批判するのでなく、みんなでよりよく目標に向かっていくためのもの。切磋琢磨することで達成感に変わっていくから、ぜひ進めてごらん」と伝えました。


1年生「半原の自然とお友達大作戦 ~春・夏・秋・冬で遊ぼう~」の実践例。秋は、作ったおもちゃで学校のお兄さん・お姉さんにも楽しんでもらうことをめざした。(画像提供:愛川町立半原小学校)

増山 私は1年生の担任でした。入学してまもない1年生に、いかに「未来型授業」を実践するかで、とても悩みました。そのなかで、子どもたちが「自分ごと」として楽しくその活動に入れることを重視し、学年の学習テーマに「半原の自然とお友達大作戦 ~春・夏・秋・冬で遊ぼう~」を掲げました。

 春から夏にかけては、まだ、ひらがなを習うくらいの学習段階ですので、iPadで写真を撮って活動を記録しておくことにしました。並行して国語の授業で、ことばを使って記録していくことを重ねていきました。

 秋になり、子どもたちは自分の思いを書き綴ったり、資料を読んだりできるようになったので、PBL的な活動ができるのではと考えました。そこで、どんぐりや松ぼっくりなどを使った「おもちゃづくり」を軸に、活動をスパイラルに展開していきました。まず、教科書を見ながら、おもちゃをつくります。すると子どもたちは「ほかにもつくりたい」と言いだしたので、二回目として、どんな材料や方法が必要かを考えながら、おもちゃづくりをしました。さらに三回目で、11月の学校行事「なかよしわくわく祭り」で、2年生以上のお兄さん・お姉さんたちがおもちゃで楽しんで遊べるお店を出すことなりました。「ゲームで楽しんでもらおう。そのためにはルールが要る」といったことを自分たちで考えるまでに至りました。

「世界初!」の紀要『るるる半原』で「半原のよさ」を伝える

――取り組みを通じて、子どもたちに変化は見られましたか。

中山 子どもたちに身につけさせたいと考えていた「6Cの力」については、年度始めの4月と、年度終わりの2月にとったアンケートの結果、「信じる力(Confidence)」が伸びていました。自分を肯定したり、友だちを信頼したりする力が高まったものと捉えています。先に紹介した6年生の活動でも、1年生たちに手を差しのべる活動をできて、「わたしたち意外とできるじゃん」といった雰囲気が伝わってきました。また、ある子が、普段はおとなしいメンバーのことを「すごく考えているということが活動でわかったから、いまは、あいつが話すことをよく聞くことにしているんだ」と言っていました。

 一方で、ほかの「6Cの力」についてはアンケート結果からは伸びが見られませんでした。しかしながら、私ども教師からすれば、いずれの力も伸びているように見られます。アンケート結果で伸びが見られなかったのは、子どもたちが真剣に「6Cの力」を伸ばしていこうとしたからこそ「やってみたらけっこうたいへんだ」と認識できた表れなのだと捉えています。

――先生たちにとっても、取り組みで得られたことはありましたか。

中山 全校的に取り組んだため、学年を超えたコミュニケーションが増えました。他の学年のことが気になるので、「どうやっていますか」と聞くと、「うちの学年、それやっているから教えてあげるよ」といったように、助けあいが増えていったと思います。

増山 職員室の教員たちの席の配置がえもしました。

中山 当校では1年生と6年生、2年生と5年生、3年生と4年生を「ペア学年」としているので、先生たちも近い席に配置がえしたところ、会話が増えましたね。会話が増えれば、ほかの先生たちが「なに話しているんですか」とやってきて、ほかのペア学年での連携していることを知り、「私たちのペア学年も連携してみよう」となります。こうして学校一丸となって研究に取り組んでいく雰囲気ができました。

――創立150周年で、「半原のよさ みんなにとどけ!」を全校学習テーマとするなか、記念の「研究紀要」も発行したそうですね。


学校創立150周年を記念に制作した『るるる半原』。(画像提供:愛川町立半原小学校)

山中 前任の校長で、2023年度をもって退職された佐野昌美先生が制作されました。「研究紀要」といっても、「世界初! 旅行情報誌風校内研究紀要」を副題とした『るるる半原』という親しみやすいものです。佐野先生から、制作にあたっての想いを預かっていますのでお伝えします。

「ねらいはいくつかあります。半原の地域のよさを多くの方に伝える手法として思いついたのが、某旅行会社の情報冊子のような体裁にすることでした。インパクトあるタイトルと、ビジュアルな誌面構成で、かつ両面から読み進められるリバーシブルな冊子『るるる半原』をつくることにしました。主体的に学びつづけた子どもたちの姿と、つねに全力投球で研究を進めてきた先生たちの姿を各方面に広く伝えたいと強く思いました。他校の先生や保護者、地域の方々に手にとってもらえるよう、写真をふんだんに使い、カラフルな紙面にしました。計53個のQRコードを入れ、子どもたちの成果物などを見られるようにもしています。制作のほとんどを土日のプライベートの時間に充て、膨大な労力をかけられたのは、公立小学校に長い間つとめた最終年度の成果物として、なにか残しておきたいという想いがあったからかもしれません」(佐野昌美先生より)


2024年7月26日、第13回理科教育賞贈呈式で成果発表をする佐野昌美元校長先生(左)。

「インクルーシブ」の視点も明確化し、研究を発展

――今回ご紹介いただいた取り組みから進展した点や、現在の取り組みの状況をうかがいます。

中山 当校には、インクルーシブの視点や考えも根底にあります。教員が子どもたちを支援する姿勢もそうですが、子どもたちどうしでの支えあいを伸ばすことこそが、目指すべきインクルーシブではないかと教員たちで議論してきました。そこで2024年度、「未来型授業」に「インクルーシブ」の要素を文言として加えたうえで研究に取り組んでいるところです。

 私は今年度6年生を担当していますが、彼ら・彼女らは昨年度の6年生たちが1年生とよく関わっていたのを見てきました。「1年生はまだ学校生活に不安だろうから、自分たちが助けてあげなければ」といった姿勢が見られます。昨年度の活動をアレンジした学習もあります。活動は受け継がれ、さらに広がりを見せています。

山中 教員たちがおたがい成長しあう集団になっているのを感じます。そうした集団のもとで、子どもたちが自主的に取り組んでいけるように育っています。2024年度も、日産財団理科教育助成を活用し、「未来型授業で未来社会を切り拓く力を育む2」に取り組んでいますので、さらに実りあるものとなるよう、全校でがんばっていきたいと思います。