ドローンとプログラミングで新時代の河川防災学習の道ひらく―「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第40回)三重大学教育学部附属小学校
三重大学教育学部附属小学校(三重県津市)での取材の様子。
風水害が多発するなか、河川防災学習の重要性が高まっています。三重大学教育学部附属小学校は、ドローンやプログラミングを駆使し、多面的に流域のつながりや防災管理のしくみを児童たちが学ぶカリキュラムを設計し、実践しています。同校は、日産財団理科教育助成を活用した本研究「ドローンとプログラミング教材を活用した河川防災学習の実践と効果の検証」で、第13回理科教育賞を受賞しました。校長の山本嘉先生と研究を主導した前田昌志先生のお話は、教師が力量を高め子どもの力を伸ばすといった教育理念のもと、新しい手法の積極活用で新時代の河川防災学習が形づくられていくのを感じさせるものです。
「教師は自己の力量を高め、子どもの力を最大限に伸ばす」
――三重大学教育学部附属小学校についてご紹介いただけますか。
山本嘉校長先生(以下、敬称略) 当校は「優しく、賢く、たくましく ~多様な仲間とのかかわりの中で~」という学校教育目標のもと、三つの教育理念、すなわち「学校の内外に教室を開き、全教職員で子どもの成長を見守る」「聴き合う関係を大切にし、全ての子どもと教師が主人公になる」「教師は自己の力量を高め、子どもの力を最大限に伸ばす」という考えをもって、子どもたちの成長をはかっています。あいさつの大切さを伝えあうことや、自問清掃で自己向上力を育むことなども特徴的な教育内容といえます。
大学附属の学校でもあります。三重大学や他大学における教育研究の一助となることを念頭に授業を展開しています。三重大学の教育実習生を受けいれており、ここにいる前田先生も私もかつてその一人でした。また、県内の各学校に向けて、私どもが進めている教育活動を積極的に発信してもいます。
山本嘉校長。三重大学教育学部を卒業。三重県内の小学校・中学校での教諭・管理職や、同県教育委員会での役職を歴任。退職後、初任者の指導教育に従事。2022年度より現職に就任。
重要性高まる河川防災教育、子どもの「目線」を補うため…
――研究について伺います。「ドローンとプログラミング教材を活用した河川防災学習の実践と効果の検証」というテーマで取り組まれました。きっかけやその後の経緯はどういったものでしたか。
前田昌志先生(以下、敬称略) 西日本豪雨のあった2018年度から、河川防災教育をおこなってきました。当時、フィールドワークもおこなったのですが、子どもたち背丈の目線では、川とその周辺の土地利用の関係が見えにくいといった課題がありました。そこで、2019年度から、防災学習にドローンで撮影した映像を取り入れることにしたのです。
翌年度以降は、年度ごとにバーチャル・リアリティ(VR)を組み合わせる、プログラミング教材を取り入れる、他校と連携する、STEAMカリキュラムにまとめ上げるといったように拡充的に展開しています。
前田昌志先生。三重大学教育学部を卒業。松阪市立第五小学校の教諭に。2017年より三重大学教育学部附属小学校に赴任。専門は理科教育、天文教育。
前田 河川防災学習を実施する背景には、国土交通省が2020年度より「流域治水」の考えを打ちだしたこともあります。流域治水とは、風水害が激甚化するなかで、河川の流域、つまりその川が雨を集めるエリア全体で洪水を防ごうという考えです。子どもたちはまだ「流域」の感覚をもっていないかもしれませんが、知識としてもっていると自分のいる場所で雨が降っていなくても、上流が大雨であれば増水することを理解できます。
流域治水では上・中・下流の利害が一致しないことが多く、正解のない複雑な社会課題となります。これをテーマすることは子どもたちの学びになると興味を抱いていました。
横断的カリキュラムを設計、ドローン映像をデータベース化
――どのようなカリキュラムを設計したのでしょうか。
前田 河川は、自然だけでなく人間生活に密接に関わっており、小学校の学習内容とさまざまな接点のある題材といえます。そこで、学年と教科を超えて、3年生社会科「わたしたちの市と様子」、4年生理科「雨水の行方と地面の様子」、5年生理科「流れる水の働き」、6年生理科「土地のつくりと変化」の各単元、さらに総合的な学習の時間も充てて、学校全体で取り組むカリキュラムとしました。「私たち人間は、自然とどう関わっていけばよいのか」を常に問うことができるような授業をめざしました。
――学年をまたぐカリキュラムを設計するとなると、各学年間の連携や調整も必要だったのではないでしょうか。
前田 はい。その点では、ウェビングの手法を使いました(上写真のディスプレイ参照)。「川」を中心に、そのまわりに、水の働き、台風などの水害、治水の歴史といった関連する要素を書きだしていきます。そして全体像を見ながら、各学年でなにを学習テーマとするか、各学年の先生たちと細部を定めていきました。全体を複眼的な視点で見て、問題解決をはかる「システム思考」で捉えたものといえます。
――カリキュラムの実践にあたり、ドローンで河川をさまざまに撮影されたのですね。
前田 はい。かねてからドローンの民間資格をもっていましたが、法改正があり2023年度に国家資格を取得しました。撮影した河川の映像をデータベースにして、ユーチューブに公開しています。また、「津市e-Learning ポータル」で市内の小中学生が端末からアクセスできるようにしました。
「【河川】ドローン映像データベース」
https://www.youtube.com/channel/UCRvH75ZRdmWIZFyBVJfz3Uw
――グーグルマップや地形図など、河川の形状などを教室で把握する手だてが複数あるなか、ドローン映像を用いる利点とはなんでしょうか。
前田 大きく三つあると思います。一つ目は、川の流れがわかることです。水がどこからどこに向かって流れているかは、大切な情報になります。それに水のしぶきや流れの強さも、ドローン映像から見ることができます。
二つ目は、人間が近づけないところに近づけることです。上流の渓流にはグーグルマップの画像では迫れません。ドローンを低空飛行させれば、臨場感ある映像を撮ることができます。
三つ目は、季節の変化による土地の利用がわかることです。グーグルアースでは時期を選べません。これに対し、たとえば5月ごろドローンで撮影すれば、水田がどの位置にあるかがよくわかります。
アナログとデジタル双方の限界を双方で突破
――授業の実践をご紹介いただけますか。
前田 担当した5年生理科「流れる水の働き」を例に紹介します。「地元の雲出川では、どのように洪水を防いでいるか」が、この単元で設定した大きなテーマです。
子どもたちは、ドローン映像を活用し、雲出川の上流・中流・下流のちがいや、川の外側が侵食され、内側に堆積物があることをつぶさに確かめることができました。
一方で「実際に現地で確かめたい」とも言います。そこで野外観察に行ってみると、外側の堤防が内側より高くなっていることや、川の外側を流れる水の勢いが強いこと、また水飛沫や音が感じられることなど、人間の目線だからこそ確かめられることが多くありました。
アナログの限界をデジタルで突破し、デジタルの限界をアナログで突破するという、ICT活用時代の探究の姿を、子どもたちの行動から見ることができたと思います。
本物へ誘うドローン映像。(画像提供:三重大学教育学部附属小学校)
前田 単元の後半では、中流域の霞堤と遊水地に着目しました。霞堤とは、不連続に造られている堤防のことで、洪水時に一部の水を氾濫させて水位を下げる役割をもちます。しかし、その周囲に広がる田畑は水浸しになってしまいます。「霞堤を閉じるべきか」という問いに子どもたちは直面します。流域治水を推進する国土交通省の河川管理者のお話から「開けるべき」と感じる一方、現地でお話を聞いた自治会長さんは「閉じてほしい」とおっしゃいます。子どもたちは揺れながらも、正解のない問いに向きあい、考えをめぐらせているようすでした。
正解のない問いについて考える。(画像提供:三重大学教育学部附属小学校)
プログラミングで防災行動計画の裏側を体感し、自分の行動に生かす
――カリキュラム全体のなかではプログラミングの要素も取り入れたそうですね。
前田 はい。5・6年生では、「台風が近づいてきたとき、流域の関係者たちはどう行動しているのだろう」という問いが生まれました。そこで、子どもたちを関係者ごとに「国交省(河川事務所)」「津市役所」「気象台」「三重県庁(ダム管理者)」「津市民」「松阪市民」とチーム分けし、レゴでプログラムを組んで、防災行動計画を再現することにしました。
たとえば、「国交省」チームは、水位が5メートルを超えたら津市に警報を届けるしくみを「水位が上がるとLEDが赤色に光る」プログラムで再現しました。一方の「津市役所」チームは、水位の情報を受けて市民に避難を呼びかける音声を発するしくみをつくりました。
複数のチームに分けて防災行動計画を再現。(画像提供:三重大学教育学部附属小学校)
前田 これまで子どもたちは、自治体から防災行政無線の発令などを受けたら、受け身で行動をとることしか考えが至りませんでした。今回こうしてプログラムの要素を入れることで、防災行動計画がどう実行に移されているかを裏側までイメージでき、より安全な避難経路や避難所を選ぶといった思考につながるものと考えています。
児童がまとめた考察より。(画像提供:三重大学教育学部附属小学校)
他校と連携、各校のカリキュラム開発を支援
――取り組みで得られた成果についてお聞きします。
前田 探究を楽しみ、外に出て学ぼうとする子どもたちの姿を見ることができたのが、いちばんの成果です。デジタルの限界をアナログで突破する姿も見られました。「難しい、イコール楽しい」という意識を子どもたちはもったように思えます。
プログラミングで防災行動計画を再現した体験が、子どもたちの思考や行動に生かされたことも見てとれました。実際に台風が接近したとき、どういう情報を受けとったかをアンケートで聞くと、授業を経た子たちから「警戒レベル」や「川の洪水予報」といった回答があがってきたのです。実践の効果を感じられました。
――今回の研究につづき、2024年度も理科教育助成で「プログラミング的思考を育む『流域タイムライン』の教材化と実践」というテーマで研究に取り組んでおられます。現状を伺います。
前田 これまで自治体ごとに分かれていたタイムライン、つまり防災行動計画が、流域ごとに制定されることになりました。そこで、この実状に合わせた授業をデザインし、実施しているところです。映像については、ドローンでの写真をフォトグラメトリという技術で3Dマップにしています。
また、今回の研究で得られた知見をもとに、他校との連携を進めています。三重県桑名市立長島中部小学校、ならびに埼玉県久喜市立栗橋西小学校と、それぞれカリキュラム開発をおこない、経験などを伝えているところです。それぞれの学校独自のカリキュラムづくりを支援していければと思います。
――学校として、今回の成果をどのように活かしていかれますか。
山本 河川防災学習のテーマで成果を上げ、受賞もできましたので、引き続きこのテーマを大切に継続していければと思います。前田は、今年度で当校8年目。ほかの先生たちへの成果の共有・継承が重要な時期です。この財産を絶やさず広げていければと、校内で先生たちと話しているところです。