地域の自然の不思議を探究、科学への興味と環境保全意識を育む――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第24回)福岡県行橋市立中京中学校

福岡県行橋市立中京中学校でのインタビューのようす。

 学校のまわりにある自然環境は理科でのいきいきとした教材になります。生きた教材の魅力は先生にも生徒にも共通して感じられるものかもしれません。

 中学校の側を流れる用水路で生徒が絶滅危惧種の魚を見つけたことを起点に、生物のつながりの複雑さを探り、自然を守る意識を高める理科の授業を展開している学校があります。福岡県行橋市立中京中学校は、絶滅危惧種カゼトゲタナゴの生息の理由を探り、さらに飼育して繁殖を試みる活動もしています。日産財団理科教育助成による同校の研究「地域の自然を生かした理科授業の創造」に対して、日産財団は「第9回理科教育賞」で栄えある大賞を贈りました。

 生徒・先生のみなさんに大賞の賞状・盾を贈呈するため同校を訪れた際、校長の福羽延生先生と、担当教諭の別府直晃先生にお話をお聞きました。自然のしくみを探究するという科学研究の醍醐味を先生と生徒が感じあっていることが伝わってきました。

「志」と「自立」を教育目標に掲げる

――はじめに学校の特色についてお聞きします。

福羽延生校長先生(以下、敬称略) 本校は行橋市の中学校のなかでも、校区内に自動車道のインターチェンジができたことがあり、生徒数が増えつつある学校です。素朴で柔和な子どもたちが多いと思います。教育目標を「志を持って努力し、自律心と知力を身につけ、思いやりの心を持ったたくましい『自立』した生徒の育成」としています。「志」に重きを置いて、生徒たちには「自立」してほしいと考え教育にあたっています。

福羽延生校長先生。行橋市立の中学校に教諭として赴任。数学科を担当。福岡県立の中高一貫校での主幹教諭を経て、みやこ町立勝山中学校で教頭としてつとめる。2022年度より現職。

「この魚なんだろう」から始まった探究活動

――理科教育賞で大賞となった研究「地域の自然を生かした理科授業の創造」について伺います。この研究を始めた経緯はいかがでしたか。

別府直晃先生(以下、敬称略) 行橋市ではかねてから「郷土科」プログラムという郷土に関心をもつためのプログラムがおこなわれており、当校では総合的な学習の時間で、これにちなんだ学びをテーマグループに分かれて実施していました。

別府直晃先生。2017年度より行橋市立中京中学校に新任の教諭として赴任。担当は理科。

 私の赴任前のできごとにはなりますが、ある日「自然グループ」の生徒が、校門前の用水路の生物を調べるなかで「この魚なんだろう」と声が上がり、調べてみたところ絶滅危惧種のカゼトゲタナゴだったのです。「絶滅危惧種がどうしてこんなところに」と好奇心が高まり、生息理由を調べる探究活動を3年生理科の「生命のつながり」の単元ですることとなりました。その授業づくりを研究テーマとしたわけです。

 教科書では食物連鎖を学習しますが、生物の世界はより複雑に絡みあっているものであるということを生徒たちに気づかせたいというねらいがありました。

(上)学校の側を流れる用水路。教頭の角谷英範先生が釣りに挑戦。(下)カゼトゲタナゴ。レッドリストの分類では、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いものを指す「絶滅危惧IB類(EN)」にあたる。

生物の複雑なつながりを探る

――どのように活動を進めていきましたか。

別府 私自身どう授業をおこなうか模索していたので、はじめは専門家の方に協力を仰ぎました。広島県環境保健協会の協会員や岐阜大学の研究者をはじめとする方々に、どういうところにこの魚は生息するのか、どう調べたらよいかなど、できるかぎりの知識・情報を得ました。生徒たちには先生もいっしょに調べていく姿勢を示しました。

 授業ではカゼトゲタナゴの生息理由を明らかにするということで、あらためて用水路で捕まえたり、流水速度や水質などを測ったりして調べようとしました。けれども調査器具が足りなかったため、日産財団の助成金で網を購入するなどして揃えました。

用水路での調査のようす。専門家も調査に参加。(写真提供:行橋市立中京中学校)

 調査の結果、流水はかなり穏やか、水質はかなり良好、カゼトゲタナゴ以外にも多くの生物がいて、とくにイシガイやマツカサガイなどの二枚貝やヨシノボリという魚も生息していることなどがわかりました。

 これらの結果をもとに、さらにiPadや図鑑を使って「調べ学習」を進めました。その上でカゼトゲタナゴの生息理由を考察しました。生徒たちは、カゼトゲタナゴは二枚貝に産卵し、二枚貝はヨシノボリに寄生し、ヨシノボリは二枚貝の卵を安全な場所に運ぶといったつながりがあると考察しました。また、食物連鎖の頂点にいるナマズの生息数がすくないことや、用水路が無農薬農業や生活排水の抑制によって良質に保たれていることなども考察しました。

環境保全への意識により飼育・繁殖へと発展

――2年目以降の活動はどうなっていきましたか。

別府 2年目も専門家の方々に協力いただくかどうか予算の点から検討していましたが、その矢先に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大が始まり、専門家をよぶ選択肢はなくなりました。最終的に自分たちで授業をおこなえるようになることを描いていましたが、状況的にそうする必要が生じたわけです。それまで教えていただいたことをすべて活用して授業をすることにしました。班活動や生徒どうし会話もままならなくなったため授業自体も制限がありましたが。理科教育助成の研究対象期間を1年間、延長してもらえたのはありがたかったです。

――学校で飼育もしているようですが、これも授業の発展でしょうか。

別府 はい。生徒たちと話すなかで、絶滅危惧種であるカゼトゲタナゴが生息する理由を探究するだけでなく、地域の自然環境を保全することも大切であり、そのためには自分たちの手で繁殖させるべきだとなりました。飼育は課外活動として興味を抱いた生徒たちに参加してもらっています。

 二枚貝がいないとカゼトゲタナゴは増えないことがわかったので、二枚貝の飼育も試みました。これがむずかしく、生息に適した水温を調べてヒーターを購入するなど、手探りでどうにか二枚貝を生かしつづけて、カゼトゲタナゴを増やせるようになりました。

産卵を助ける活動。(写真提供:行橋市立中京中学校)

――校区の小学校にこの授業の内容を広めていく活動もされていると聞きます。

別府 校区の小学校1校が理科の授業研究校であり、カゼトゲタナゴを飼育する水槽を提供して、小学生たちに興味を抱いてもらっています。「中学校に行ったらさらに深く学べるよ」と言うと、意欲が高まるようです。

福羽 小学校からは毎年「出前授業をしてください」とご要望をいただいています。

生徒は理科好きに、他の先生も興味を抱くように

――研究活動の成果について伺います。生徒たちの変化はいかがですか。

別府 全国学力テストでの質問の結果からも、また、感想をたくさん書いてくれることからも窺えますが、理科が好きになった生徒はまちがいなく増えています。ずっと水槽の前で魚を観察し、魚を愛するようになった生徒もいました。学力向上についてはすぐに結果が出ているわけではありませんが、彼ら彼女らの卒業後にも成果として現れるといいなと思っています。好きであることは、いつか花開くと思います。

――先生たちへの波及効果などはいかがでしょうか。

別府 水槽で飼育したりして、生徒たちと授業も課外も含め活動をしているうちに、理科の先生も理科以外の先生たちも興味をもってもらえるようになったと思います。先生たちに活動のおもしろさを感じてもらうことが自分の役割だと思っています。いまはよい循環が生まれ、職員室の多くの先生が水槽を管理してくださったり、用水路を見にいったりしています。

将来のため活動の仔細を記録する

単元マップの作成。(資料提供:行橋市立中京中学校)

――今後に向けての抱負などを伺います。

別府 ほかの小学校や図書館など地域にも広く、この活動が知られていくといいなと思っています。発信していくことはこれからの活動テーマのひとつです。

 もちろん生徒たちにもこの授業を続けていきたいと思います。今後は、カゼトゲタナゴのことにすでに興味をもっている子どもたちが授業を受けることになるので、展開のしかたなどはまた考えていく必要があります。

 公立中学校ですし、異動はあります。将来もし自分が異動となっても学校に授業を託すことができればと思っています。得られた知識や道具の使い方などを仔細に記録しておくことが大切と考え、学習指導案づくりと単元マップづくりなどを通じてそのようにしています。

校長室にて取材参加者での撮影。取材当日、生徒・先生たちの前で実施された賞状と楯の贈呈式に臨席された行橋市教育委員会の長尾明美教育長(右から2番目)が取材にもご同席。「行橋市ではICTと英語の教育を先進的に進めています。校長のもち味がそれぞれ出ている6校の中学校があり、また11校の小学校があります」と長尾教育長。中京中学校の今回の受賞については、「先生が本当にやりたかった研究が生徒たちに伝わってよかったと思います。横展開を大いに期待しています」。

福羽 学校の生徒も教職員もみんなが盛りあがっている雰囲気があるので、ぜひ継続していけるといいなと思っています。

 先生自身も好きなことに取り組んでいるときは楽しくなるものです。その先生の姿をみた子どもたちにも楽しさは伝わるものです。これがいちばん意義のあることだと思います。こうして「好き」や「楽しい」の輪が学校中に、そして地域中に広がっていくことを願っているところです。