リーダー育成の担い手が「アート思考」に触れる 「未来のリーダー教室2020」Day1レポート
日産財団は、早稲田大学GLS(Global Strategic Leadership)研究所との共同研究の一環で、「Society5.0(超スマート社会)を生きる世代のリーダー資質を萌芽・育成する未来のリーダー教室プロジェクト」を立ち上げました。プロジェクトの実践活動として、2021年2月6日(土)10日(水)20日(土)、「未来のリーダー教室2020」をオンラインで開催しました。未来のリーダーを育成する学校の先生などに、「アート思考」と「ビジネスにおけるイノベーション」の要素に触れ、「リーダーシップ」について理解を深めていただくための3日間の企画です。
Day1のテーマは「アート思考に触れる」。リフレクトアート代表取締役の福村彩乃先生ならびに玉川大学芸術学部助教の栗田絵莉子先生を講師に迎え、約20名の参加者たちが「アート思考」を、実際の作品づくりなどを通じて体験しました。進行は、早稲田大学教授で早稲田大学GLS研究所メンバーの池上重輔先生がつとめました。
目次
池上重輔先生によるオリエンテーション
学力の国際比較調査によると、日本は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーいずれでも世界上位にいます。日本の子どもたちへの教育が世界でも上位にあるのは、教育に携わるみなさんの日々の努力と過去の努力の積み重ねによるものです。
一方、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が実施した2020年の世界高度人材ランキングでは、日本は63か国中37位となっています。さらに2017年データでは、日本の経営者は63か国中、機敏性が57位、分析能力が59位、有能な経営者がいる割合が58位、経営教育を受けたことがある割合は53位、海外経験は63位でした。この差はなにを意味しているのでしょう。
私は日本の約200企業のトップリーダーを調査してきました。世界レベルで戦えるかという点では、リーダーによりさまざまです。
変化する世の中で、リーダーの位置づけも変わっています。「よき伝統をのこし、必要なものを変えて」とよくいわれますが、残すべき伝統がなにかは、100人いれば100種類の答えがあることでしょう。
さまざまなリーダーがいるなか、その最大公約数として「サイエンス」と「アート」の要素があるのではないか。この仮説に立ち、本当に必要なのか。なにがちがい、なにがおなじなのか。これらをみなさんと考えていきたいと思います。
栗田絵莉子先生・福村彩乃先生によるセミナー ― アート思考に触れる
栗田:今日はみなさんに、アート思考とはなにかをお話ししたあと、ペンと紙を使ってアート思考を体験していただきます。楽しみながら参加してください。
まず、みなさん、「魚の絵」を描いてみてください。
どうでしょう。ほぼみなさん頭を左側に描いていますね。これは、「魚はこういうもの」という意識や概念をみなさんが共通にもっていることの現れです。固定概念をもつことは重要ですが、固定概念を払ったり疑ったりするところにアート思考があります。自分にしかできない表現のタネを探す旅がアートといえます。
栗田絵莉子(くりた・えりこ)先生。玉川大学芸術学部芸術教育学科助教、博士(美術教育)。玉川大学にて金属工芸を学び、東京藝術大学大学院でガラス造形を専門的に学ぶ。修了後、アーティスト活動をしながら小・中・高校で講師として教育に携わる。国際バカロレア教育講師の傍ら、東京藝術大学大学院博士課程で探求型美術教育を研究。博士号取得後、現職。
国際バカロレアは、世界共通の大学入試資格につながる国際基準の教育プログラムです。日本では160校ほどが実施しており、美術の教科を含め、探求型の授業プログラムが組まれています。私が教鞭をとっている玉川学園でも国際バカロレアを採り入れています。中等部の美術では、色、配置、空間、テクスチャー、マテリアルといったアートの要素を噛み砕いて、生徒たちに知識を得てもらっています。その後、調査と実験を通じて作品をつくり、振り返りをかならずおこないます。評価は、探求がどのくらい深まったかを軸といた「キューブリック評価」でおこないます。高等部では、自分でテーマを立てて、作品をつくり続けることで、探求を続けていきます。作品を展示会で発表し、自分のなかで表現がどう変化したかなどをプレゼンテーションします。
日本の美術と国際バカロレアを比較すると、ちがいも感じられます。日本では、技術から入る、古典的な作風になりやすい、情緒的な傾向にある、メッセージ性が弱い、文化への態度は同化的であるといった傾向にあるように思えます。対して、国際バカロレアでは、思考から入る、技法は挑戦的な傾向にある、コンセプトを重視する、メッセージ性が強い、文化への態度は構築的であるといった傾向があります。国際バカロレアに見られるこれらが、アート思考だといえます。言い換えると、表現者の試行錯誤する思考がアートだといえます。
レオナルド・ダ・ヴィンチが真実を追求するなかで描いたのが「モナリザ」でした。現代では、マルセル・デュシャンがロイヤルアカデミーの展示会に疑問を感じ、男性用便器にサインして置いた作品が「泉」であり、このような作品からコンセプチャルアートが起こりました。アートとは、「概念(コンセプト)の破壊と構築」であると考えていただければと思います。
「教育」をテーマにした作品づくり
ではここからは、みなさんに作品をつくってもらいます。そのために、まずコンセプトづくりをします。「教育」と聞いて、なにを考えますか。「ネガティブなこと」「ポジティブなこと」「公的なこと」「私的なこと」の4つの欄に書いてください。それを、Zoomのブレイクアウトルームで共有しあってください。
参加者(私立中高一貫校の先生):グループのみなさんからはそれぞれ「ブラック部活、枠からはみだせない、既存評価」「成長を感じられる、認め合う」「学校、公教育、制度」「生活、日常、活動、チャンス、永久的」などが上がりました。
参加者(教育に興味もつ会社員):私たちのグループではそれぞれ「画一的、型にはまった、勉強」「幸せになるため、未来のため成長しながら学ぶ」「受け身で常識を学ぶ、平等に設けられた機会」「毎日の生活での学び、後ろに進むことも含めての教育」などが上がりました。
栗田:では「教育」をテーマに、アート作品をつくってもらいます。さきほど教育について考えてもらいましたが、「自分だけの考えはどこにあったか」に着目することがポイントです。ペンを使って、絵、写真、身体表現などで自由に表現してください。コンセプトをつくり、自分にしか考えられないことを目指してください。コツは、素材、機能、見せ方に向き合うことです。
作品発表でコンセプトを伝えあう
参加者(私立校の経営企画担当):「徹底した自己承認」をコンセプトにしました。赤だけで表現したのは、自分の強い主張を表すためです。
参加者(私立中高一貫校の先生):「ディープ、ダイナミック、ダイバーシティの3Dラーニング」をコンセプトとしました。ネガティブな要素とポジティブな要素の二面性を表現しました。教育の多様さを色線のぐちゃぐちゃさで表現しました。
参加者(大学職員):「学ばないは死だ!」をコンセプトにしました。立ち止まっていたらだめ、コロナ禍でも進むのが大事といったイメージをロックに膨らませました。
参加者(公立高校の先生):「教育とは関わり合いながら、よりよい未来を目指すこと」と考えてつくりました。中心部分には理想の道があるものの、未来への向かい方にはそれぞれ紆余曲折があることを表現しました。まわりの黒は、答えのなさです。
参加者(私立中高一貫校の先生):「壁を壊し、幸せに向かっていくこと」が教育と感じ、表現しました。雨と光はみんなに平等に降り注ぐ教育を表しています。手は縛りから解かれています。
福村:教育をどう考えるか、いろいろな角度から検討し、どう表現するか。いつもとちがう方法でみなさんにアウトプットしてもらいました。
アート思考は、「自分起点」の発想法であり、「感覚・感性」「経験・環境」をフル稼働するものです。絵、立体、身体、音などさまざまな形でアウトプットします。現代は、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性のあるVUCAの時代とされます。人びとの課題や望みが多様化し、問題を見つける力、また正解のない状況に耐える力が求められています。新しい教育法として、STEAM教育が注目されています。科学、技術、ものづくり、芸術、数学といった、理数系や芸術系を重視する教育です。知の創造性を育むところに特徴があります。
福村彩乃(ふくむら・あやの)先生。リフレクトアート代表取締役CEO。ピアニストとして幼少から日本やヨーロッパで演奏。東京藝術大学大学院(音楽)修了後、ガラス工芸家を目指し、東京藝術大学大学院(美術)研究生在籍。リフレクトアートCEOをつとめるほか、ガラスブランド運営、芸術事業におけるコンサルティング、アート思考プログラム提供、講師育成などもおこなう。
経営の主軸にアート思考を置いています。答えなき時代のリーダー人材に大切なことは、みずから考え、生きる力をつけていくことだと考えています。自分を起点に考える必要があります。
アートはつねに自分と向き合う作業です。それにより「個」が磨かれます。アーティストも、社会で自分をどう生かすかを戦略的に模索しています。パッションは世界を変えてくものとなります。
池上先生によるまとめ ― 楽しむこととアート思考
池上:アート思考は日本の組織にマッチしていて、アート思考によって成果のでる組織は少なくないように思います。その際、アート思考のエッセンスは楽しむことにあると考えています。多くの企業もアート思考を採り入れようとしますが、あまり楽しそうではありません。みなさんは今日、そのハードルを超えられたと思います。ありがとうございました。
クロージング後のディスカッション
参加者(教育機関職員):子どもたちに一歩踏み込むためにアートやデザインを採り入れたいと思っていました。
栗田:いまの若い子たちは表現することには慣れているので、刺激的なものには反応しやすいと思います。デザインをするにあたっても、ストーリーの要素を盛り込むなどの工夫ができると思います。
池上:コミュニケーションプロセスデザインの分野でも、相手の興味のもち方や行動のとり方をよく見ることを最初にします。自分たちがどういうタイミング、ツール、メッセージで伝えるとよいかを考え、それら要素を配置していきます。
参加者(公立高校の先生):今回の作品づくりは学習者の立場でアート思考に触れたのだと思いますが、私たち教師はシステム思考でものごとを進めるのでギャップは感じます。
参加者(大学の教授):たしかに学習者としてのワークショップは楽しかったけれど、教育とどう結びつくのだろうかとは思いました。
池上:教育のなかに学びがあり、分けるものではないというの教育に対する未来のコンセプトとしてある気はします。分けないほうがよいのではという仮説はもっています。
栗田:国際バカロレアでも、教育プログラムを「どういうカリキュラムをつくればよいか」と逆算してつくっていきます。教育と学習はつながっているものと感じています。
福村:手を動かして創りあげるプロセスはビジネスや教育でも重要と日ごろ話しています。創作プロセスをおわかりいただけたならよかったと思います。
参加者(公立高校の先生):自由な発想でオリジナリティあるものをつくらせようとすると、生徒たちは失敗を怖がり、なかなか表現できません。どういう声がけをしていますか。
栗田:「文章化してみよう」「絵で描いてみよう」などと、異なる表現方法を提示すると、とりくむ子もいます。漫画で表現してくる子もいますね。表現プロセスも感覚的なものもあれば、論理的なものもあります。
参加者(私立高校の先生):STEAM教育を担当しています。生徒たちのモチベーション向上のため、自分の好きなテーマで探究させています。しかし、彼らにはテーマ選びがたいへんなのだと気づきました。ある程度はテーマをあたえたほうがよいのか、それとも自由なほうがよいのかと考えることがあります。
栗田:生徒によりますが、自由なテーマ設定にはむずかしさがあります。グループで議論すると、テーマが出てきやすくなることはあります。それでもテーマが出てこなければ、先生の側から「こんな事例があった。ニュースで見た」などとヒントをあたえると、テーマ作りに広がりが出てくることもあると思います。ただし、自由にやるほうがおもしろい結果は出てきます。作品を実際につくる前に、徹底的に新聞を読ませたり調査をさせています。
参加者(公立小学校の校長):教育やビジネスにアートの要素が欠かせないというのは、なぜなのでしょうか。
池上:現在のビジネス組織には、決められたことをできる人は多くいる反面、新しい方向性を示せる人はとてもすくない。自分の考えを提示したり、それを支援するのにアート思考は必要なのかもしれません。「自由にテーマを選んで」と伝えても、社会人も大学生もなかなかできません。高校生、中学生、小学生、どこに分岐点があるのかという課題意識はあります。一方で、アートの要素はいらないという論もあります。議論していけたらと思います。
福村:なにが好きかを考えることは、やりたいことをやれるという「自分ごと」につながります。好きなテーマで考えさせることはとても大切と感じています。
参加者(大学の教授):国際バカロレアで採り入れられているルーブリック評価とはどういったものですか。
栗田:ルーブリック評価は「理解できたかどうか」でなく「理解の深さ」を見るものです。作品の良し悪しを評価するのでなく、作品づくりの過程で「荒野をどのようにさまよったか」を見るツールです。量的な知識をはかるものではありません。