「イノベーション」人材を育てるための語り合い 「未来のリーダー教室2020」Day2レポート

日産財団が早稲田大学GSL(Global Strategic Leadership)研究所とおこなっている共同研究「Society5.0(超スマート社会)を生きる世代のリーダー資質を萌芽・育成する未来のリーダー教室プロジェクト」。その実践活動であるオンライン形式のセミナー「未来のリーダー教室2020」の模様をレポートしています。
 2021年2月10日(水)のDay2では、「イノベーション」をテーマにしました。日産財団理事長で、長年、日産自動車で研究・技術開発に携わってきた久村春芳が、「将来を見通し新しい価値をつくりだすInnovation人材の育成を考える」という主題で講演。その後、約20名の参加者たちが、ディスカッションを通して意見や情報を交わしあいました。進行は、早稲田大学教授で早稲田大学GLS研究所メンバーの池上重輔先生がつとめました。

 

池上重輔先生によるオリエンテーション

前回のDay1のテーマは「アート思考に触れる」でした。今回のDay2では「ビジネスにおけるイノベーション」をテーマに、日産財団理事長の久村春芳さんのお話を聞きます。その後、みなさんと議論を深めていきます。
 Day1とのトーンのコントラストがクリアになると思います。ちがいを味わってみてください。


池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)先生。早稲田大学小学学術院教授、博士(経営学)。ボストン・コンサルティング・グループ、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2017年より現職。専門は経営戦略、グローバル経営。

 

久村春芳理事長によるセミナー
将来を見通し新しい価値をつくりだすInnovation人材の育成を考える

イノベーションは企業が競争力を得るためのものです。しかし、日本の企業は競争力を失いつつあります。米国フォーチュン誌が発表する、世界の大企業500社のランキング「フォーチュン500」に、日本企業は53社がランクインしていますが、件数は減っています。一方、中国が急速な伸びを見せ133社、また米国は121社となっています。
 

日本の競争力が落ちている要因はどういったものでしょうか。過去に、黒電話や電卓などの技術から、フィーチャーフォンが出現したときは、日本はイノベーティブと評されました。ところがその後、スマートフォンが登場し、フィーチャーフォンは「ガラケー」(ガラパゴス携帯)化し、いまや絶滅状態にあります。アップルのスティーブ・ジョブズは、従来の機能重視のコンピュータ機器に対して、芸術的な要素を加味してスマートフォン「iPhone」を開発しました。機能を一体化させた機器を具現化したのは、ジョブズと彼が率いたアップルの競争力によるものです。


久村春芳(くむら・はるよし)日産財団理事長。Technology Intelligence Consulting代表。日産自動車株式会社で総合研究所、フェローなどを歴任。無段変速機の変速制御を中心に、登録特許は88件にのぼる。東京工業大学大学院機械工学専攻課程修了。横浜国立大学大学院工学府システム総合工学専攻博士課程修了。博士(工学)。おもな外部団体での所属・活動には、自動車技術会フェロー、機械学会フェロー、科学技術振興機構井上春成賞選考委員、東京工業大学学長アドバイザリーボードメンバー、GSA(Global Semiconductor Association)Adovisor to BODがある。

 

日産財団は、イノベーションを支援しています。人材育成をその手法としています。リーダーを育成することが社会貢献の道と考えたからです。取り組みのベースには理科教育があり、トップにはイノベーションリーダー教育があります。その間には、創造力・問題解決力の育成を目的としたSTEAM教育もあります。

1979年、私は当時23歳で大学院生としてヨット部に所属していました。この年、台風20号が日本を直撃し、部で使っていたヨットが全壊しました。部員たちは会長の「全日本選手権で優勝する新艇をつくるぞ」という号令により、この新たな目標をもつようになりました。各パーツとも最もよい要素を揃え、新艇「3000号艇」をつくり、全日本選手権に出場・優勝することができました。これが「やればできる」という“勘ちがい”といえるほどの信念の始まりでした。

新たな価値を得るできごとが2005年、48歳で日産自動車の総合研究所所長をしていたときにありました。自動車の電動化・知能化を提案したのです。給電の便利さや騒音の少なさなどを打ち出したものの、提案はスルーされました。しかし、15年が経過した現在、これらの技術は自動車として実現しています。この間、「死の谷」と「ダーウィンの海」のはざまを行き来してきました。

将来を見通すことはできるでしょうか。
未来予測については、ピーター・ドラッカーの考えがヒントになります。彼は「すでに起こってしまった未来を見つけることだ」と述べています。たとえば、人口分布推移、エネルギー・環境問題、産業構造、他産業、他国・他市場、技術進化、組織内部などといったことは、将来において起きることが予測できる事象といえます。

 

エネルギーについて考えます。太陽エネルギーの1万分の1を電気などに変換できれば、地球全体の消費をまかなうことができます。太陽電池では面積あたりのコストが高く、風力にも場所の制限があるとされてきました。しかし、太陽電池で道路をつくるソーラーロードのプロジェクトが米国、中国、オランダなどで進んでいます。太陽光発電の単価も低下し、インドでは2000年時点でキロワット時70円でしたが、最近では2円ともいわれ、日本の一般的な電気代の10分の1で済むことになります。米国ロサンゼルスでも夜間電力により3.3円での供給が実現しようとしています。世界では、太陽光発電の電気代は非常に安くなっています。

大量の電気を消費する課題に対しては、マイクロソフトが海中にデータセンターを沈めて、コンピュータサーバを稼動させる計画を進めています。また、二酸化炭素と、水を電気分解した水素を合成して、液体の炭化水素をつくるeFuelの実用化に向けた計画も、日産自動車をはじめ各企業が取り組んでいます。
 将来のスマートエネルギー社会では、発電の方法は集中型から分散型になっていくでしょう。自然エネルギーの供給が全人類の消費を上まわり、低コストでエネルギーを使えるようになる「エネルギー・シンギュラリティ」の時代が2030年代にくるのではないかとの予測もあります。

人工知能の革新についても考えてみます。
 ここでレストランを予約している電話の音声を聴いてみてください。
 じつは、男性の発話は、「グーグル・デュプレックス」という人工知能によるものです。リカレント・ニューラル・ネットワークの強化学習により、人工知能は電話の言葉を理解するまでに至っています。

 実用面ではすでにコールセンターに人工知能が導入されています。また、数行の記事も人工知能がつくるようになっています。医療でも、人工知能は人間では膨大すぎて扱うことのできない膨大データなどから、人間以上の診断能力を実現しています。

 人工知能をめぐる「シンギュラリティ」の議論があります。米国のレイ・カーツワイルは2045年、人類の脳をすべて足したものよりも優れた人工知能が実現すると述べました。しかし、現実的には、カーツワイルの予言するようにはならないでしょう。人工知能は意識をもっていないので考えることができず、人類を支配するようなことにはならないと考えられるからです。

イノベーションとはどういったものでしょうか。
 これを考えるために、ビジネスモデルの「デルタモデル」が参考になります。このモデルは、インテルの中央処理装置(CPU)がオペレーションシステム(OS)の業界標準化して他社装置が使いづらい状況に見られるような「システム・ロックイン」、客が便利と思うものを使い、楽しいと感じる場所を訪れることを指す「カスタマー・ソリューション」、ものづくりの質に基づく「ベスト・プロダクト」から成り立ちます。
 ものづくり系の競争力については、大きく、費用、品質、信頼性などの要素からなる「エグゼキューション」あるいは「オプティマイゼーション」の軸と、魅力的なものを生み出せるかを表す「イノベーション」の軸のベクトルを合わせたものと考えることができます。
 今回は、イノベーションのほうを中心にお話します。経済学者ジョセフ・シュンペータは、「既存にあるものを新しく組み合わせることでイノベーションが起きる」と唱えました。このことはイノベーションとよばれるほとんどの事例に当てはまります。

 イノベーションをいかに起こすかを、5W(What,When,Where,Who,Why)1H(How)で整理した「イノベーショントライアングル」というモデルがあります。エグゼキューションにはWhen,Where,Whoの要素が大きく関わるのに対し、イノベーションにはWhy,What,Howの要素が大きく関わります。この3要素を揃えた提案をすれば、その提案は「刺さる提案」となります。
 Whyは、提案の「バリュー」(Value)に当たるもので「なぜこの提案をするか」を指します。Whatは、「ソリューション」(Solution)に当たるもので「核となるプロダクトサービスはなにか」を指します。Howは、「テクノロジー」(Technology)に当たるもので「実現するための技術はなにか」を指します。
 このWhy(バリュー)What(ソリューション)How(テクノロジー)の3要素が揃えば完璧ですが、実際のイノベーションでは、3要素いずれかに重心が置かれることになります。たとえば、リチウムイン電池の発明で電気自動車の大容量、小型、軽量化などを実現した事例はテクノロジーのイノベーションといえます。一方、最新のコンピュータ、センサ、アクチュエータ、ソフトフェアを組み合わせて自動運転を実現したのはソリューションのイノベーションです。そして、通常の自動車メーカーがコンピュータ付きの車を考えるのに対し、テスラ・モーターズが主客逆転で車つきのコンピュータをつくろうということで新たな価値観を提供したのは、バリューのイノベーションといえます。

 

イノベーションを産み出すコンピテンシーとはどういったものでしょうか。
 Why(バリュー)については、直近の将来の価値観を予測することが、すべきこととなります。「必要は発明の母」とはよくいいますが、そうしたことはあまりありません。「お客さまの声を聴け」ともいいますが、顧客は現時点のことしかわかりません。ドラッカーの述べた「確定された未来」の社会的価値を読む力、あるいはその価値は普遍的であるか刹那的であるかを捉えて、「これは魅力的である」と解釈できる力が、必要なコンピテンシーとなります。ここで悩ましいのは、人々の「やりたい」と思う理由がはっきりしないことです。「なにしろやりたい」という思いがあり、現時点では認められていない価値であっても、5年後や10年後には価値として認められるものになるかもしれないという点が、大きなポイントといえます。

What(ソリューション)については、自身で価値を見つけるため自分で行動する力、また課題発掘力、問題解決力、他者に検討してもらえる力、さらに最適化する能力が、必要なコンピテンシーとなります。
 How(テクノロジー)については、技術やデータを探し、要するになにかと技術を理解することなどが、すべきこととなります。好奇心のほか、論理性や核心を一言にまとめる力が、必要なコンピテンシーといえます。

イノベーションを産み出す人は、「目利き」ともいえます。
 発明や創造は、お金を智に変えることであり、アイデアが大事となります。一方、イノベーションは、智をお金に変えることであり、価値のある提案が大事といえます。そのため、この二つは別のものです。
 アイデアについては、目利きの人物がよいと思うアイデアこそ、よいアイデアだといえます。アイデアはどんな人も出せますが、本当によいアイデアは目利きが出します。目利きは、魅力を表現する力、問題解決力、要点まとめ力の3要素をバランスよくもつ人といえます。
 一方、イノベーターは、目利きがよいと思う提案を具現化できる人です。未来をつくる力や、チームをリードするマネジメント力が必要になります。イノベーターへの道は、一朝一夕ではありません。ベンチャーは失敗を糧に成長するのであり、修業が大事とされます。学生のうちから挑戦して体得し、糧となるような経験を積んでいくことが大事になります。これができないとイノベーターにも、また目利きにもなれません。

イノベーションを産み出すしくみはあるでしょうか。
エグゼキューションとちがい、しくみはないとされますが、イノベーションとコラボレーションには関係性があるとわかっています。協力者の人数の多さと、イノベーションのスコアの高さには比例関係があるとされます。多くの人とコラボレーションすることがイノベーションを産み出すための大事な方法になりえます。そのため、チームを構成する個の力を活かして引っ張るリーダーのリーダーシップが必要となるわけです。このリーダーシップが、イノベーションリーダーシップといえます。

リーダーが個の力を活かして引っ張るためには、心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱する「フロー理論」が参考になります。自分の能力の限界に近い挑戦をしていると「フロー状態」になるといいます。フロー状態になると「くる!」「行ける!」という瞬間が訪れます。そう感じられる瞬間をつくれることが、リーダーシップでは重要ではないでしょうか。

 

Why(バリュー)、What(ソリューション)、How(テクノロジー)それぞれのイノベーションにはコラボレーションのあり方があります。
 How(テクノロジー)では、実現したいことのためのピースが足りない部分を他者に協力してもらい埋めていくような形です。また、What(ソリューション)をみんなで考える方式は、シリコンバレーのミートアップでの議論・交流などに見られます。
 Why(バリュー)については、テスラ・モーターズ関連の事例を紹介します。TED(Technology Entertainment Design)の場で、イーロン・マスクとNVIDIA最高経営責任者ジェンスン・フアンが話し合い、楽しそうに彼らの体験をシェアしています。イーロン・マスクはビジネスマンである一方、ジェンスン・フアンは、スタンフォード大学出身で車好きのコンピュータサイエンティストです。二人は共鳴しあい、走るコンピュータと称される「テスラS」という車を開発するなどしました。私も価値観の変化を経験しました。

「オプティマイゼーション」(最適化)にも触れてみます。最適化を実現するためのシステムとしては、ブレークダウンや因数分解をおこなうツリー型、多律背反的で複雑なものを扱うマトリックス型、「風が吹けば桶屋が儲かる」にたとえられるダイナミックス型などがあります。どのように課題を解いていくかは最適化の仕事のおもしろいところでもあります。

 コンピテンシーの確立には、自然科学と人工科学の両方が必要となります。自然科学は探究心からくる研究活動でなされるものです。人工科学は、人間のルールに基づいてなされるものです。自然科学と人工科学をいかに融合させるかが、イノベーションのコンピテンシーの大きな鍵となります。両方を組み合わせることで、アイデアを具現化させていきます。

 アイスホッケー選手のウェイン・グレツキーは“Skate where the pack will be, not where it is.”(パックがある場所に向かうのでなく、パックの行く場所に向かえ)と言っています。予測し、ゴールを見つけ、そこに向かっていくことの大切さを言っています。

 

講演を振り返っての質疑応答・ディスカッション

参加者(私立高校の先生):文部科学省はプログラミング教育を推進していますが、それ以前に子どもたちのコラボレーション能力やデザイン能力を育てるほうがよい気がします。なにを優先したらよいと考えますか。

久村:コラボレーションをするためにプログラミングができなければならないと思います。プログラミングについては本も多くあるので学校で教えなくても、手段として身につけていればよい気がします。「英語ができてあたりまえ」とおなじことかもしれません。プログラミングができることはイノベーションを実現するための前提にもなります。

参加者(公立小学校の校長先生):「フォーチュン500」にあるように、日本企業の競争力は失われている感じがします。実際はどうなのか、経済界での実感をお聞きしたいと思います。

久村:世界に出てみると、日本の競争力が弱くなっていることを実感します。一方で、グローバル企業によっては、日本企業には安定性や規律性があり、そこそこの成果を上げる力があるとも考えているようです。日本でイノベーティブなことが起きて、それを機に日本人から優秀な人材やリーダーが育つことを望んでいます。

参加者(公立高校の先生):イノベーションの3要素では、What(ソリューション)が重要である気がしますが、Whatを育てることのむずかしさも感じます。

久村:Whatをつくれる人物は重要だと思います。ソリューションの方法をつくる人が関係分野の人たちを集めて議論を重ね、提案をつくるというプロセスはよくあります。ただし、ソリューションの方法をつくる人は自分で課題をつくることはできません。ソリューションの方法をつくる人が、みんなの考えていることを集めて、「これはいけるのではないか」と提案することが、目利きがよいアイデアを出すことにつながります。

参加者(私立高校の先生):イノベーションに必要な力を、学校現場に落とし込む場合、どういったイメージになるでしょうか。経済界はどのようなことを養ってほしいと思っているでしょうか。

久村:必要なのは、自分で課題を見つけられて、行動を起こせるようになることです。その前段として課題をあたえられたらすぐ解決できるようになっていることも大事ですが。考えることと解くことは別のものです。

池上:What(ソリューション)については、どこに向かって問題を解いていくのか、その方向性が適切であることも重要な気がします。Why(バリュー)の要素を発揮させるためにも、What(ソリューション)の方向性が大事になりそうです。一方で、日本の企業では現在Why(バリュー)を打ち出せる人はほとんどいないように見えます。What(ソリューション)を打ち出すのが得意な人は多くいますが。

久村:本当に大事なのはWhy(バリュー)なのだと思います。目利きがWhy(バリュー)を打ち出せたらよいのでしょう。ただし、一人ではできないこともあるので、コラボレーションが大切になります。Why(バリュー)を打ち出せる人が少ないのは、魅力を表現したり、未来をつくったりする力に課題があるからでしょう。

池上:未来をつくる力をどう育てるかは、これまでも久村さんと議論してきました。企業によっては、未来をつくれるような人材であることを認めてあげられない組織もあり、大きな課題です。

久村:未来をつくる力をどう育てるかの答は、まだ出ていません。それができる人も「なぜそうなれたかわからない」と言います。ただし、プロジェクト・ベースド・ラーニングで人を育てることは効果的かもしれません。米国ボストンカレッジでは、プロジェクト活動を部活動のようにおこない、そこから人が育ち、リーダーとして雇われています。学んで壁に当たり、調べてまた挑むといったことを、中学生・高校生の段階でいかに構築するかは重要な課題です。授業でそれをおこなうのがむずかしければ、課外活動などで身につけることを考えてもよいかもしれません。

参加者(私立中高一貫校の先生):プロジェクト・ベースド・ラーニングを授業の科目内でおこなうことにはむずかしさがあります。そもそも、授業を、定められた科目から外れておこなってはならないものでしょうか。

久村:すべての学びは必要なので科目設定は大事というのが建前です。一方で、自分の経験を振り返ると、図工や音楽などの芸術系教科は小学校で挫折してしまい、もっぱら理科系を好んでいました。やりたいことをうまく伸ばすことができるとよいのでしょう。それ以外の必要なことは、あとで勉強すればよいのではないでしょうか。

参加者(幼稚園の先生):幼稚園に所属し、子どもたちに学校入学前の教育をしています。なにがどうその子のその後に生きるかわからないので、「やってみよう」ということを重視しています。どのようなことに注力したらよいでしょうか。

久村:やりたいことをやってみて達成感を覚える過程を繰り返していくと、真にやりたいことに行き着くと思います。そうして自我の出てくる高校生ぐらいまで進むとやりたいことが見えてくるでしょう。

参加者(私立高校の先生):好きなことをさせたらやる気をもって勉強するのではないかという仮説のもと、それを実践したら、好きなことを見つけられないでいる子も多くいました。目利きとなる人に、やるとよいことを振ってもらい、子どもたちにトライアルさせることも重要かと思っています。

参加者(高等専門学校の先生):目利きについては、経験も必要と思いますが、どのようなことが必要でしょうか。

久村:目利きの方法については、「なにを評価したいか」をカテゴリー別に定めて採点するとよいでしょう。たとえば、Why(バリュー)、What(ソリューション)、How(テクノロジー)にカテゴリー分けするのもひとつの方法です。子どもたちにも「なにを評価するか」を明示しておくとよいと思います。評価のうえで心に留めておかなければならないのは、1000個のアイデアが出されてもほとんどは有用でないこともあるということです。「1000個のうち当たるのは3個くらい」を意味する「千三つ」は本当だと思います。

池上:会社の活動を見ていると、イノベーションとクリエイティビティを混同している傾向があります。本来、イノベーションはサイエンスの文脈、またクリエイティビティはアートの文脈にあると思います。

久村:クリエイティビティはアートとの関連が強いと思います。イノベーションはサイエンスやロジックとの関連が強いものの、発想の点ではアートの要素も関連すると考えます。アートかサイエンスかどちらかという話ではありませんが、使うフェーズは異なります。

参加者(公立高校の先生):リーダーシップ教育を勤務先の学校でおこなっていますが、学び方がわからない生徒や、好きなことがわからない生徒も多く、課題に感じています。

参加者(公立中学校の先生):中学生を教えていますが、エネルギーやパワーは以前の生徒たちよりなくなっているかもしれません。自分がなにをしたいかを語るような子も少なくなっている感はあります。

池上:仕事にテクノロジーが次々と入ってきて、これからずっと安泰といえる職業ななくなってきています。一方で、学校のカリキュラムとシステムは厳然としてあり、多くの教職員はそれを遵守せざるをえない状況下で工夫しています。文科省・経産省も未来志向の改革を進めようとしているようですが、構築されている路線の延長に本当に未来はあるのかといったことも考えさせられます。

久村:未来を見据えると、人工知能は目覚ましく進化しています。決まっていることは人工知能で代替できようになるため、先生のお仕事も大きく変わることでしょう。サラリーマンの仕事もロボット技術に置き換わり、事務職の8割はなくなるともされています。エンジニアリングの分野でも、ロボティックプロセスオートメーション(RPA)により、かつて人間が3日かけておこなっていた作業が、5分ほどでできるようになっています。こうやればよいという仕事はほぼなくなることでしょう。

 

池上先生によるまとめ ― 未来を読み、教育に生かす

池上:久村さんにとっての15年前の自動車の電気化・電脳化の提案がそうだったように、ロジカルに経験ももって未来を見据えると、高い確度で未来のことを読めそうです。人工知能のシンギュラリティが議論されているなか、イノベーションを起点とした未来技術が私たち人間の生活、考え方、教育、仕事などに影響を及ぼす可能性は高そうです。Why(バリュー)を重視する世界になり、アート思考がより必要になるかもしれません。こうした議論を、教育にどう落とし込んでいくかはこれからも課題です。みなさんと議論を続けていきたいと思います。

 

クロージング後のディスカッション

参加者(私立中高一貫校の先生):教師の仕事内容は変わっていくと思いますが、人が人と触れ合う価値は残ると信じています。実験の授業などはロボットにはむずかしいのではないでしょうか。

参加者(公立高校の先生):イノベーションを起こす人になるために、子どもたちにどのような経験をさせたらよいでしょうか。成功体験と失敗体験のバランスの程度について考えています。

久村:成功も失敗も含めて体験させる必要はあるでしょう。自分では選りすぐりの提案をしたはずが、ヒット率は低く失敗ばかりということもあります。ただし、途中で方向転換することは失敗ではありません。

池上:成功体験と失敗体験のバランスについては、人によって異なるでしょう。最初に成功体験をさせて、自分を認めてもらう感覚を養うことが必要な子もいます。失敗の記憶がなさそうな性格の人には、意図的に失敗体験をあたるのも手かもしれません。

参加者(私立高校の先生):不登校だった子に自信をつけさせるため、苦手なことは横に置いておいて、よいところを最大限に伸ばすという教育方針をもっています。得意であることを本人に気づかせることが重要だと思います。結果が出ること自信につながり、経験しようという気持ちになるのだと思います。