熟慮と工夫のある化学実験で女子生徒たちの理科の芽を伸ばす――大妻嵐山中学校・高校 鈴木崇広さん

第7回リカジョ育成賞 準グランプリ

「チャレンジ化学!生徒実験の充実を基にした生徒の自主的な課題研究への発展」

インタビュー:大妻嵐山中学校・高等学校元教諭(東京理科大学理学部第一部化学科) 鈴木崇広さん
(実施日:2024年9月19日)

理科教育における「実験」は、その機会を子どもたちに提供する学校の先生たちにとって、「意義があるのはわかるが実行するのはたいへん」といったものではないでしょうか。そうしたなか化学教育で実験を量・質とも高く実施し、成果を上げている取り組みがあります。理科教育を実践と理論の両面で研究する鈴木崇広さんは、赴任先だった大妻嵐山中学校・高校で化学の授業を担当するなか、女子生徒たちに実験をコアとする学びの機会を提供し、女子生徒たちの理科に対する関心と自主性を高めてきました。「チャレンジ化学!生徒実験の充実を基にした生徒の自主的な課題研究への発展」と銘うったこの取り組みで、鈴木さんは日産財団「第7回リカジョ育成賞」の準グランプリに輝いています。

このたび鈴木さんにインタビューをすることができました。実験の授業数を増やすため、先生にとって負担軽減につながる策や、生徒たちの集中力を高めるための工夫など、実験を通じた教育に力を注いできた鈴木さんだからこその話を聞くことができました。

「理科が好きでない」生徒たちに楽しさを実感してもらいたい

――大妻嵐山中学校・高校ご赴任時代、「チャレンジ化学!生徒実験の充実を基にした生徒の自主的な課題研究への発展」という取り組みをされたそうですね。取り組むにあたっての課題意識はどういったものでしたか。

鈴木崇広さん(以下、敬称略) 多くの生徒たちから「理科が好きでない」という印象を受けていました。まじめに勉強をして、学力を積みあげることはできるのですが、「理科が好きか」といえばそうではありません。看護師、薬剤師、管理栄養士などへの道を除けば、理系に進むことをイメージしづらいようでもありそうでした。生徒たちが、実験を通じて、学ぶこと、知ること、探究・研究することの楽しさをもっと実感してくれたらと感じていました。 


鈴木崇広さん(画面中央下)。2014年、埼玉県立坂戸高等学校教諭。2021年4月から2023年3月まで、大妻嵐山中学校・高等学校で教諭をつとめる。理科・化学を担当し、今回の受賞対象の取り組みを展開。2024年4月より東京理科大学理学部第一部化学科助教。専攻分野は化学教育。

鈴木 一方、学校の現場では、実験の予算は減っていく傾向にあります。実験を教えられる先生が、ベテランの先生方が退職の時期にさしかかっていることもあり、不足してきている状況もあります。

こうした状況に、新型コロナウイルス感染症の影響が拍車をかけました。理科のなかでも、とくに化学は手を動かし、実験をして、音を聞いたり臭いを嗅いだりと、五感で得られるものが多くあるのに、なにを学ぶにもオンライン画面上でとなってしまいました。コロナ禍はおさまりましたが、情報通信技術が今後さらに発達していくからこそ、体験することが生徒たちにとってより重要になってくると思っています。

市民としてのリテラシー向上のための化学教育

――実際の取り組みについて伺います。化学を学ぶ生徒たちに対し、実験の授業をふんだんに取り入れたと聞きます。その際、二つの対象生徒を想定して展開されたそうですね。

鈴木 はい。一つめは、すべての生徒を対象に「市民としてのリテラシー向上のための化学教育」をしようと考え、実践しました。

すべての生徒に「化学って楽しい。もっと知りたい」と学びへの意欲を高めてもらえたらというのが、私のなによりの思いです。そして大人になったときに、「高校の化学の授業がおもしろかった。あのとき勉強しておいてよかった」と実感してほしいという願いがあります。

化学のことを知れば知るほど、日常生活のさまざまな場面に関わりがあって、おもしろさいというのをすべての生徒にまず感じてもらい、学びの意義を見いだすことによって化学のリテラシー、つまり化学の基本的な知識と情報判断のための能力をつけてほしいと考えました。

――具体的には、全生徒に向けてどのような実践をされたのですか。

鈴木 化学の全授業の3分の1を、生徒たちがおこなう実験の授業にあてました。実験内容は、さまざまな試薬を用いた炎色反応を見るといった、高校における典型的な実験はもちろんおこないます。


全生徒が取り組む実験(画像提供:鈴木崇広さん)

鈴木 とくに女子高生たちに人気があったと思うのは、衣類などの材料となるナイロンを作る実験です。透明な液体どうしを混ぜあわせるだけで、ビーカーのなかに液の層ができるので、その一層目をピンセットですくいます。

生徒たちから「実験を通して化学が身近な存在であることを学んだ」「実験を重ねるごとに変化や反応を見ることが楽しくなった」といった感想を得られました。

スペシャリスト育成のための化学教育

――もう一つ、よりハイレベルでの実験中心の取り組みもされたそうですね。

鈴木 はい。希望者を対象とした「スペシャリスト育成のための化学教育」です。研究力や表現力の向上をめざし、また、生徒たちの全国大会や国際大会への挑戦を支援するものです。

――こちらも実践例を紹介していただけますか。

鈴木 まず、「メチレンブルーを用いた光化学反応」の実験について紹介します。


メチレンブルーを用いた光化学反応(画像提供:鈴木崇広さん)

鈴木 もともと、全生徒対象の授業で、フラスコ内で試薬のメチレンブルーに、水酸化ナトリウムとブドウ糖を混ぜると青くなり、混ぜるのをやめると無色に戻るのを見て、酸化反応と還元反応を確かめる実験をしました。

すると生徒の一人が、研究活動をしてみたいと声をかけてきました。生徒との話し合いで「フラスコを振らずに、光を使って色をつけることはできないか」という研究テーマを考えました。

この生徒は研究の結果、メチレンブルーとビタミンCを用いたフォトクロミック系の開発をすることができました。そして、国際学生科学技術フェアの日本代表メンバーとなり、文部科学大臣特別賞を受賞するに至りました。 もともと成績はよかったものの、積極的に自分から研究をしたいといってこないような生徒でした。「純粋に研究が楽しくて、始めてよかった。自分を変える大きなきっかけになりました」と言っており、いまは国立大学の化学系で研究することを志望しています。

――ほかにも実践例はありますか。

鈴木 もうひとつ、「錬金術師の夢の改良」とよんでいる実践について紹介します。


錬金術師の夢の改良(画像提供:鈴木崇広さん)

鈴木 こちらももともと全生徒対象の授業で、金属めっきの作業をしていました。すると、生徒が「もうすこし安全に、きれいにめっきすることはできないかな」と言ってきました。そこで、これを自身の研究活動のテーマとし、亜鉛めっきと黄銅めっきを安全に美しく作る方法を開発したのです。日本学生科学賞の文部科学大臣賞を受賞し、また米国化学会の『ジャーナル・オブ・ケミカルエデュケーション』誌に記事が掲載されるなどしました。

この生徒は中学時代「化学が大きらい」だったそうです。けれども高校入学後、5月ごろに研究を始めて、夏休みのころきれいなめっき法ができて「すごい!」と変わっていきました。9月には受賞となり、自分でこんなことまでできるんだと気づきはじめた様子でした。「自分の好きなことを追究して、夢中になって、気がついたら自分が変わっていました」と言っていました。

先生の準備と片づけをできるだけ楽に

――学校の先生にとって理科の実験は、意義を感じられても、負担がかかるため持続させるのがむずかしいものかもしれません。この点で意識していることはありますか。

鈴木 前提にあるのが、「実験がなければ化学の授業ではない」という認識です。実技がない体育の授業がないのとおなじです。高校化学の学習指導要領にも、各単元で実験などを通じて身に付けることができるよう指導する項目が記されています。

とはいえ実際には、実験以外にも問題演習などの時間を確保しなければなりません。それに、実験の準備がたいへんに時間がかかる上に、実験指導のスキルをもっていないという方もおられると思います。

その点、私が実感しているのは、「準備と片づけに手間をかけないことがとても重要」ということです。いかに実験を簡単に、数多くおこなうかが自分にとってテーマの一つとなっています。そこで、生徒たちのために実験のお膳立てや後片づけをするのでなく、それらの作業も生徒たち自身にやってもらっています。

実験前に瓶から試薬を必要な量だけとるのも、実験後につぎの授業の生徒たちのために器具をきれいに洗っておくのもふくめ、理科教育です。先生にとって手間を減らせ、生徒にとって学びになるのですから、これでよいのだと思っています。

――実験の授業の流れと留意点は、どういったものでしょうか。

鈴木 実験の作業に入る前に解説するとき、生徒全員に椅子とプリントを持って私の目の前に集まってもらいます。実験室で30人以上いるなか、生徒と先生の距離があると、後ろのほうにいる生徒は集中しづらいものです。

生徒たちが近くにいるなかで端的に実験の手順と注意事項を伝え、「実験開始!」と言ってからは、基本的に生徒たちに声をかけません。つい「いまのところ上手くいっているね」などと話しかけたくなるものですが、生徒どうしで、どうすればよいか、上手くいかないのはどうしてかなどを話しあうほうが、学ぶことは多いと考えてのことです。

そして、授業の終わりの時間が近づいたら、「話します」と言って、全員が私に注目するのを待って、「片づけの方法を説明するよ」と伝えます。

――実験に臨む生徒たちの評価のしかたはどうされていますか。

鈴木 実験が成功したかどうかで評価を変えることはまずありません。評価する点は、実験の記録をとっているかや、その記録から考察ができているかなどです。たとえば、手順をまちがえて失敗してしまったら、そのことを記録として書けばよいのです。失敗をつぎに生かすことには、成功にまさるくらいの学びがありますからね。

化学を楽しみに思う生徒の増加を実感

――大妻嵐山中学校・高校での3年間を振り返って、生徒たちの変化をどう感じましたか。

鈴木 在任期間中を通じて、化学の授業を受けることや化学そのもの楽しみに思ってくれる生徒は多くなったと思います。また、理科の先生になろうと思う生徒も増えたと感じます。

――生徒にとっての「楽しみ」とは、どういったことでしょう。

鈴木 もっとも基本的なレベルでは、自分たちで体や手を動かして、グループのメンバーと話しながら勉強することができるという楽しさがあると思います。また、実験記録で新たな気づきや発見を書くと、私がコメントしますので、そうした点を評価されることの楽しさもあるでしょう。

さらにレベルが進むと、世の中のしくみに化学が使われていることがわかってくるという楽しみがありますし、理系に進学して理科のおもしろさを多くの人に伝えたり、理科を極めて研究職になったりするといった、自分の将来への楽しみもあると思います。

「女子であること」を意識した実験企画の可能性

――女子を対象に、理科教育の効果を高めるという点で、お考えのことをお聞きできればと思います。

鈴木 私の経験からすると、男子がいるなかでの女子たちは、男女で操作を分けたり、男子が実験をしている様子を見ているだけになったりすることがあります。実験の授業を受けても、器具を扱わずに過ごしてしまう。その点、女子校では当然ながらすべてのことを女子がおこなうことになります。実験や化学にかぎったことではありませんが、作業することへの責任感や自立心は育つと思います。

前任の公立高校での赴任経験も踏まえ、男子と女子で好きな実験というのは若干ちがうものかもしれないとも思っています。男子は爆発実験のようなダイナミックなものが好きな傾向にあるのに対し、女子は中和滴定での細かな計測をくり返すような、確実に進めていくものが好きな生徒が多い気がします。ほかに、炎色反応を見たり、試薬の色の変化を見たりといった、視覚的な変化を伴う実験も好きだと思います。

女子にとって教育効果の高い実験を企画することはできると思います。一言ずつの声のかけかたや、実験内容の評価のしかたをふくめ、男子と女子それぞれに合わせた教育ができるのではないかと思っています。