「車づくり」を通じて新たな価値を創造できる子を育てる――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第26回)成城学園初等学校
成城学園初等学校でのインタビューのようす。
生きるための知識技能より先進的ととれる「価値創造力」を、身近な題材を通じて子どもたちに身につけさせようと取り組んでいる学校があります。私立成城学園初等学校は、創造性をもって新たな「価値」を生み出せる人を育てるため、理科で「車」を題材に「エネルギーの目」を育む「車大単元」を設け授業を展開。エネルギーの見方の変容や、問いの更新、また多様な価値観を認める姿勢の体得といった価値創造につながる成果を得ています。日産財団理科教育助成を活用したこの研究「『プロジェクト解決ハイブリッドカー』から新たな価値を創造できる子を育てる。」で、同校は第12回理科教育賞の大賞を受賞しました。今回、取材に応じてくださった副校長の高橋丈夫先生は、研究を「現状の教育の『先』を行く取り組み」と評価。理科研究部の一員で研究をおこなった岡崎真幸先生は、「子どもたちの『こうしたい』にできるだけ応えてあげられるよう努力した」と述べます。
「個性尊重」のもと先生たちの研究を推進
――成城学園初等学校はどういった学校の特徴をおもちですか。
高橋丈夫副校長先生(以下、敬称略) 各教科とも研究に積極的で、私学では研究授業を公開している数少ない学校のひとつです。1917(大正6)年の創立時からの建学の精神「希望理想」の一つに「個性尊重の教育」があります。先生たちの個性も尊重し、みずから研究したいことを研究する環境があります。
高橋丈夫副校長先生。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了後、大田区立大森第二小学校(現・開桜小学校)、港区立青山小学校、東京学芸大学附属小金井小学校教諭を経て成城学園に着任。教諭を経て副校長。専門は算数・数学教育。
「車大単元」で価値を創造できる子を育てる
――さまざまな研究をされるなか、今回、日産財団理科教育助成で理科の研究に取り組まれました。
岡崎真幸先生(以下、敬称略) 当校は2017(平成29)年に創立100周年を迎え、「次の100年」へのカリキュラムを考えてきました。理科では歴史的に仮説重視や経験重視の授業をしてきましたが、新たに「創造性を発揮できる人」を育てられるカリキュラムにしようと定めました。
岡崎真幸先生。昭和女子大学附属昭和小学校で教諭をつとめたあと、2013(平成25)年、成城学園初等学校に着任。理科専科担当や学級担任をつとめる。今回の研究を校内の理科研究部の一員としておこなった。
では、子どもたちみなが創造性の発揮などに向け一段上に行けるためにどうすればよいか、「子どもたちがカリキュラムを捉えること」が大事と考え、「大単元」を設定しました。大単元は、子どもたちがどう世界を見ているかの観点から学習指導要領を整理し、各学年の単元を結びつけたものです。子どもたちと大単元を共有します。
今回、「エネルギーについて応用的な見方ができるとよい」と考え「車大単元」を構想しました。子どもたちになじみある「車」を通して「エネルギーの目」を育もうとするものです。3年生「磁石のはたらき」、4年生「風とゴムのはたらき」、5年生「電磁石の性質」の各単元を子どもたちがつなげられるように「車」で学び、またマイクロビットや発電機の使い方を学習した上で、6年生「電気の利用」に臨みます。
「車大単元」の流れ。(画像提供:成城学園初等学校)
――研究テーマにあるのが「新たな価値を創造できる子を育てる」や、そのための「プロジェクト解決ハイブリッドカー(づくり)」です。これらはどういったものですか。
岡崎 「価値の創造」は、「自分のやりたいこと」と「世の中が欲すること」の二つの視点から、根拠をもってこれまでない価値を世の中に創造するということです。「新しいエネルギーの使い方で、こんなことができるのでは」と創造性を膨らませられる大人になってほしいという思いがあります。
6年生の「電気の利用」で、そのための題材としたのが「プロジェクト解決ハイブリッドカー」です。二つの動力で動く車に価値があると考え、ハイブリッドカーづくりに取り組む授業を設計しました。ところが、授業で子どもたちから、「二つの動力を搭載すると重くなって価値が薄まる。価値を組み合わせることもハイブリッドと考えてもいいか」との意見が出たので、それも認めることとしました。子どもたちの「ハイブリッド」は、教師の想定を超えていました。
研究を進めていくなかでの、子どもたちの反応から、チームで取り組むことで問いを更新し、新たな価値を構築できるのではないかと考えました。さらに、発表を聴いた子のリアクションから多様な価値観があることを認めることにつながるのではないかとも考えました。
高橋 現状の教育では、知識や技能などで「できる」ということに重きが置かれています。でも、岡崎先生ら理科の先生たちが取り組んだのは、「新たな価値を創造できる子を育てる」という、より未来につながるもの。現状の教育の「先」を行く取り組みと評価しています。
――STEAM教育も意識されたでしょうか。
岡崎 はい。とくにエンジニアリング(E)に注目しました。当校では日ごろ、子どもがなにか思いついたら材料・道具を使ってすぐ試せる「自由理科」を設けており、子どもたちが「どうしてこうなるのか」というエンジニアリング要素に興味をもっている姿を見てきました。また、自分の「こうしたい」という理想に向かうには試行錯誤が必要であり、その点でもエンジニアリングが大切と考えたのです。なかでも、使用目的の検討から、設計試作、最適解の決定製作、評価までを含む「デザイン思考」のプロセスを意識しました。
子どもたちの「こうしたい」を先生たちが最大限サポート
――実際の授業展開はどういったものでしたか。
岡崎 まず、2時間分の「未来の車を考えよう」という授業で、電気代の高騰や日本のエネルギー自給率の低さなどの話題と、5年生のとき日産自動車のオンライン工場見学をした体験などをもとに、「未来の車をどうやったらつくれるか」を話し合いました。子どもたちから、「水陸両用」「空を飛ぶ」「とにかく速い」「センサーがはたらいて事故を減らす」などさまざまな価値が出てきました。価値の共有をした後、出てきた価値ごとにチーム分けをします。
その後、1時間分の「ハイブリッドカーの設計図を描こう」を経て、6時間分の「様々な材料を使って工夫をしながらハイブリッドカーを作ろう」に臨みます。最後に1時間分で「成城モーターショーをしよう」という発表会をおこないました。
授業の展開。岡崎先生によると「とても盛り上がったのが最後の成城モーターショー」とのこと。「途中の試行錯誤をしているときも盛り上がっていました」(画像提供:成城学園初等学校)
――子どもたちの様子はいかがでしたか。
岡崎 グループ内で方向性のちがいから、メンバーがさらに分かれていくような展開もありました。「とにかく速い」という価値を創造しようとするなかそれにはたくさん電池が要る」という意見と、「電池を積むと重くなってしまう」という意見があり、「だったら分かれて競争しよう」となったのです。速さ競争では同着でしたが、電池を積んでいるほうがコストがかかると意見が出て、決着をみました。どちらの意見の子も妥協せずに取り組み、よい経験になったと思います。
1年前の先輩たちの取り組みを見て、それを引き継ぐ子もいました。「空を飛ぶ」は先輩たちの代で実現できなかった価値創造です。そこで今回取り組んだ子は、ヘリウムガスを使って「空を飛ぶ」に挑み、車を飛ばすことができました。
子どもたちの考えた車の例。(画像提供:成城学園初等学校)
――授業のなかで先生としてとくに注力したところはなんでしたか。
岡崎 子どもたちの「こうしたい」にできるだけ応えてあげることです。車づくりで子どもたちはさまざまな問題に直面します。「水陸両用」をめざしているのにモーターが水に沈んでしまったり、「クライミング」をめざしているのに登れなかったり。すると子どもたちは、「発泡スチロールがあるといい」「吸盤があるとよさそう」などの「こうしたい」を出してきます。これに対して私たちは、学校にあるものは渡し、ないものは次回までに購入して、子どもたちの望みをできるだけかなえてあげました。日産財団の助成で、材料をふんだんに用意できたのはありがたかったです。
価値創造力につながる成果の一方で「肯定感」への気づきも
――研究に取り組んでの成果をどう見ていますか。
岡崎 アンケートをとると、子どもたちのエネルギーへの見方が変容したことがうかがえました。 また個別回答から、チームで取り組むことで問いを更新し、チームで解決する力がついたといった旨の記述がいくつも見られました。それに、多様な価値観を認めるようになったことも、子どもたちのことばで述べられていました。取り組み前に私たちがもっていたねらいをほぼかなえられたと思います。 実践の成果。児童へのアンケート調査から。「椈」「松」は6年生のクラス名。
一方で、シンプルなセンサー車をつくったチームと、高度なセンサー車をつくったチームでは、後者のほうが肯定感が低かったという結果も見られました。理想と現実にギャップがあったからかもしれません。うまくいかなかった経験が、次の年代・世代の「だったら私たちはこうしてみる」というステップになると捉えられれば、子どもたちは自分がしたことに肯定的になれるのではないかと考えています。
教師が得られたものもあります。私たちにも解決策がわからないことが出てきました。教師がわからないので、子どもたちは自分で調べます。うまくいった子どもたちには成功体験をあたえられたと思います。うまくいかなかった子たちに対しては、成功させられなかったという気持ちは残ります。この感覚は、教師たちでもわからないところまで手を伸ばしたことでの成果だと思います。
高橋 たとえうまくいかなかったとしても、マイナスにはならない気がします。人はだれかに教えられてやったことをすぐ忘れてしまいます。自分でやってみてうまくいかず、くやしい思いをする経験は、いつかどこかで役に立つ可能性があると思います。
――最後に、今回の研究を今後どう生かしていかれるか、抱負をうかがいます。
岡崎 エンジニアリングを焦点にした点は、今後も大事にしていきたいと考えています。今回は「車大単元」構想のもとで授業をしましたが、ほかにも農業や災害など、大単元になるテーマはいろいろあります。ほかの大単元へと広げていければと思います。つぎの研究テーマをすでに決めて、準備をしているところです。