ユニバーサルデザインで「つまずきやすい」ポイントを改善、全体の学びを高める――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第22回)栃木県栃木市立栃木中央小学校

(左から)栃木市立栃木中央小学校の国府谷康子校長先生と馬場秀樹先生。

 子どもたちの個性はさまざまであり、学びの伸び具合もさまざまです。学びにつまずく子どもをいかに支えるかは先生たちの課題のひとつではないでしょうか。

 伸ばしたい子を伸ばすための手だてをその子に施すだけでなく、ほかの子どもたちにも効果的と判断できるときは積極的に採り入れ、「どの子もわかる」授業づくりに取り組んでいる学校があります。栃木県栃木市立栃木中央小学校は、日産財団理科教育助成による研究「一人一人が生き生きと学び、どの子も『分かる』を実感できる理科授業の在り方 〜かかわりあいの中で学ぶ、ユニバーサルデザインの視点を当てた授業実践を通して〜」に取り組み、学びでつまずきやすい子だけでなく、多くの子どもたちの学力や意欲を高めました。日産財団は同校に「第9回理科教育賞」を贈っています。

 このたび同校の国府谷康子校長先生と学習指導主任・研究主任の馬場秀樹先生にお話を聞くことができました。一人の子への学びの支援をみんなの学びに生かす事例のお話から、子どもが示してくれる「ヒント」を拾ってクラス全体に生かしていく活動ぶりを感じることができました。

センター機能を担う市立小学校、複数の特別支援学級・ことばの学級も

――学校の特徴をお聞きします。

国府谷康子校長先生(以下、敬称略) 学校目標として「かしこく やさしく たくましく 地域とともに」を掲げています。学区には近くに旧県庁の県庁堀があり、また昔からの商店街もあります。歴史ある誇れる地域とともに教育を築いていくことを大切にしています。

 栃木第一小学校と栃木第二小学校が2010(平成22)年に統合し、栃木中央小学校となりました。栃木市の小学校教育のセンター的な機能をもち、特別支援学級が4学級、ことばの教室が2学級あります。また外国籍のお子さんの初期指導を担う外国人児童生徒等適応指導教室を開設しています。

国府谷康子校長先生。神奈川県横浜市の市立小学校で教諭をつとめたあと、栃木県の鹿沼市・栃木市の小学校の教諭に。途中5年間、栃木市教育委員会で行政職をつとめ、特別支援教育を担当。栃木中央小学校には2016(平成28)年に教頭として赴任して1年間つとめ、2021年度に校長として再び赴任。栃木中央小学校のホームページから保護者や地域に向けて「学校ニュース」や「おたより」などの情報発信を積極的に行う。

個に応じた支援は全体にも有効という考えに立つ

――理科教育賞の対象となった研究「一人一人が生き生きと学び、どの子も『分かる』を実感できる理科授業の在り方 ~かかわりあいの中で学ぶ、ユニバーサルデザインの視点を当てた授業実践を通して~」について伺います。まず、ここでの「ユニバーサルデザイン」という表現にどのような意味を込めていますか。

馬場秀樹先生(以下、敬称略) 「特別の支援を要する子にとっての支援は、ほかの子たちにとってもありがたい支援になる」ということです。個に応じた支援は、全体にも有効であると考えて支援してきました。

馬場秀樹先生。一般企業勤務後、転職して小学校の教諭に。栃木県小山市の小学校でつとめたあと、2017年度より栃木中央小学校に赴任した。専門は社会科、情報教育も担当。

国府谷 栃木市では、特別な支援が必要な子をわかりやすい手だてで支え、ほかの子たちにも効果的なことは取り入れていくという学校教育の方針が打ち出されていました。そのためユニバーサルデザインの視点による取り組みは市内のどの学校でも実践されていますが、とくに本校には複数の特別支援学級やことばの教室などがあり、そのノウハウや支援体制が整っています。特別支援学級で効果的なことは、通常学級でも効果的であろうという考えのもと、研究に取り組んできました。

個のための「すくすくシートUD」をクラス全体に適応

――実際の研究活動は、どう進んでいったのでしょうか。

国府谷 栃木市教育委員会から、臨床心理士の資格をもつ「アセスメント協力員」の派遣を受け、授業での個別の支援方法についての助言をいただいた時期がありました。協力員は「この子はこの部分でつまずいている」「この子はこの瞬間に集中力が切れた」といった、授業をしている教員にはなかなか目の行き届かない点を私たちに指摘してくれます。この協力員のみなさんとのアセスメントが研究の前段として、大きかったといえます。

馬場 アセスメントをもとに、全学級で1名ずつ「伸ばしたい児童」を定め、「すくすくシートUD」とよぶ資料をつくりました。シートの上半分にアセスセントでわかってきたその子の実態を書き、下半分に具体的な教科・活動に対してどういう手だてで臨むとその子の成長が見込めるかを書きます。授業を担当する先生はこのシートを制作して授業に臨みました。また参観する先生方にもシートの写しを配って、その子がどこでつまずきそうかをシートも参照して読みとるようにしました。

「すくすくシートUD」。個人情報が入るため授業後は回収した。(資料提供:栃木市立栃木中央小学校)

――ここまではクラス内の個人への支援のお話と思いますが、これをどうクラス全体への支援にしていったのでしょうか。

馬場 「すくすくシートUD」は特定の個人に向けてのものですが、そこで立てた方策はほかの子たちに対しても有効であるという基本スタンスに立ち、どの学級においても、その考え方で実践していきました。

 たとえば、教室内に情報量が多くなると、視点が定まらず落ち着きがなくなり、集中力の持続が困難になる子がいます。担当の先生は、この子のために、実験で扱う模型・黒板・ワークシートそれぞれに表示する情報を統一的にリンクさせました。もちろんこれは、その子のためにもなりますが、いっしょに授業を受けているほかの子たちのためにもなります。

個人への支援をクラス全体に適応させた事例。(資料提供:栃木市立栃木中央小学校)

 教室にあった掲示物をできるだけ少なくして、視界から余計なものを省くようにもしました。これは気が散ってしまう子への配慮になりますが、ほかの子たち全体にもプラスになっていると考えています。

国府谷 机上整理が苦手な子もいて、電池、ソケット、豆電球、ハサミと置くものが増えていくとわけがわからなくなってしまいます。そこで、机に置くものを必要最低限にし、電池などは転がってしまうので、使っていない雑巾の上に置くことにしました。これは、机上整理が苦手な子のための手だてですが、ほかの子たちも同様にすればみんな実験をスムーズにおこなうことができるようになります。

書くのが苦手な子に効果的なタブレット端末

――タブレット端末も授業で効果的に生かせているそうですね。

馬場 ええ。以前から地域拠点校としてタブレット端末などの情報機器を多く使える状況がありました。そのため、GIGAスクール構想によるタブレット端末の導入もスムーズに行うことができました。

 タブレット端末では、図表やカメラの活用などによる「視覚的支援」、ドリル学習や新聞づくりなどによる「学びの定着」が主な活用方法として挙げられます。しかし、本研究では学習の内容を焦点化できるツールとしての活用を目指しました。たとえば書くことが苦手な子への支援として、書く作業を減らして画面上の図の操作に代えることで、課題そのものに集中し、思考を深めることができるようにしています。

国府谷 2年生の算数では三角形や四角形などの図形を学びますが、紙をはさみとのりで切り貼りしていた時は、切った図形の紙を落としたり、貼りなおしが大変だったりしました。タブレット端末により、画面上を指でつーっと図形を動かすことができます。

 また、ワークシートを画面共有するなどデジタルで扱えるようになったので、グループで共同のワークシート一つをつくったり、ほかの子が書いている内容を参考にしやすくなったりもしています。

馬場 気をつけているのは、いろいろな手だてを用意しておくことです。タブレット端末をうまく扱える子もいれば、紙と鉛筆で書くのが好きな子もいますからね。個々に応じた支援のしかたがふさわしい場面では、そのようにしています。

タブレット端末の活用。(資料提供:栃木市立栃木中央小学校)

広がっていくユニバーサルデザインの視点

――ユニバーサルデザインの視点を取り入れた授業に取り組んでの効果はいかがでしたか。

馬場 以前から理科が好きで、実験が好きな子が多い傾向はありましたが、考察やまとめが苦手という子どもも多くいました。研究活動の前後でのアセスメント集計では、考察に対する苦手意識が減ってきました。

 また小学4年・5年を対象にした栃木県の学力テスト「とちぎっ子学習状況調査」では、以前は理科の正答率が県平均を下回る状況でしたが、研究を始めて以降、件平均を上回るようになりました。ほかのテスト教科である国語と算数の平均点も上がってきています。子どもたちにとって取り組みづらいと感じる要因を減らしていったことが成果に出ているのではないかと考えています。

――先生たちにとっての波及効果はどう捉えていますか。

馬場 ふだんの先生どうしの会話のなかで、「これってユニバーサルデザインで考えるとこうしたほうがいいよね」といった話が日常化してきました。

国府谷 理科で机に雑巾を置いて乾電池を乗せるようにしたら、図画工作科の授業でもカッターを安全に扱えるよう工夫しようと考えると思います。一度、ユニバーサルデザインの意識で子どもと向き合う経験をした教員は、ほかの教科でも適応しようとする意識が生じるものです。


取材チームを交えての集合写真。

――研究で得られた成果をどう発展させていきますか。

馬場 今年度は、思考力を高めるための研究活動に取り組んでいますが、根底にユニバーサルデザインの視点が定着していることで、先生たちの指導法にある程度の共通化をはかれていると思います。学校は先生が入れ替わっていくものですが、ユニバーサルデザインの考え方は、いつまでも守りつづけていくべきものだと考えています。

国府谷 先生方が互いに授業を見せ合い学び合おうとする雰囲気が続いているので、これからも研究してきたことを生かしていけると思います。

 研究活動は本校の財産だと思います。本校だからできることもあれば、他校に広められそうなこともあります。栃木市の教育研究発表会などを通じて、研究から得られたことを広めていければと考えています。

●コラム 卒業生・山本有三がいまも生きる学び舎

 栃木市中央小学校は2010年、栃木第一小学校と栃木第二小学校が統合して新しく生まれた学校です。「一小」の卒業生には、小説『路傍の石』で知られる劇作家・小説家の山本有三(1887-1974)がいます。

 校舎にはさまざまなところに山本有三の足跡などがわかる資料や展示物があります。国府谷校長先生によると、総合的な学習の時間で、子どもたちは山本有三について学び、6年生は「卒業論文」にまとめているそうです。新たに赴任した先生に対しても、市内の山本有三記念会の代表者を迎えて、山本有三についての研修会を開いているとのことです。

 栃木中央小学校創立10周年を記念して、児童が『路傍の石』の主人公・愛川吾一、そして、ふるさと栃木をモチーフに考えた「全力吾一くん」というキャラクターは。今も校舎内や発行物に登場。みんなを和ませ、みんなから愛されています。